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【殺人鬼との恋】第5話 欲望と恋慕

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  女を捕らえてから既に数ヶ月が過ぎた。女と殺人鬼の間にはいつの間にか親密さが生まれ、その関係は穏やかなるものになった。しかしここ最近、従順であった女の態度が微妙に変わっていた。初めの頃と比較すると女の挙動が明らかにおかしい。まず、殺人鬼の目を見ようとしない。伏し目がちで声は弱々しく目には迷いがあった。あまり強く表情を伺おうとすると女はさらに動揺した。だが隠し事をしているようには見えない。

 「体の調子でも悪いのか?」

 テーブルについていた二人。正面で新聞を眺めていた殺人鬼に問われると、女はびくりと体を震わせ殺人鬼を見返した。そしてすぐ視線をそらす。女は明らかにぼんやりしている時間が増え、心ここに在らずといった様子だ。何かに思い悩み、目の前が見えていない。

 無理もないかもしれない。女が殺人鬼の家に住み始めてから、日の光も浴びていないし、家族にも合わせていない。不安や悩みを抱くのは仕方のないことだ。殺人鬼はそう結論付けるとテーブルのコーヒーに手を伸ばした。

「大丈夫です…」

「そうか」

 会話はそこで終わる。淡々と、食事の時間だけが過ぎていく。

「どうして…」

「ん?」

「どうして人殺しなんてしているんですか?」

 思いがけない問いだった。自身の先行きではなく、殺人鬼について知ろうとするとは思っていなかった。

「初めて殺したのは、父のためだった」

 殺人鬼は語った。

「いや、違うな。全ては父のためだ。父の財産を守るためあらゆる手を使った。俺が悪魔になったのもその時の咎なのかもしれない」

 殺人鬼は再び新聞に視線を落とす。その答えは嘘ではなかった。ただ自身の返答に女の心象を伺う心理が反映されていることに戸惑いを感じていた。

 

 女が抱えていた悩みは自分自身の先行きに関するものではなかった。悩みは寝食を共にする殺人鬼そのものが原因だ。

 殺人鬼の強い眼差し、鍛えられた強靭な肉体、太く低い芯のある声。それらすべてが女にとって魅力的に見えていた。意思と知的さが混ざった眼差しには強さがあり、鍛え上げられた筋肉は女が決して持たない異性の魅力があった。殺人鬼が持つ男の魅力。悪魔ではなく人間の男としての強さ。いつのまにか異形の怪物としてではなく、異性として見つめていた。そして女は自分が殺人鬼を見つめるその視線にあってはならない感情が混ざっていることに気づいた。

 女は遠くからいつものように殺人鬼の背中を眺め、そしてはっと目を見開く。

(止めろ、あの男は人殺しだぞ)

 それに気付いたとき、女は自分自身の過ちに初めて気付いた。女の頭の中で警告が鳴る。人殺しを好きになるなんて、常識からすればあってはならないことだ。何人もの人間を殺し、命を弄んだ凶悪な殺人鬼。そんな男を好きになること自体、人としてどうかしている。

 生まれてから人として真面目に生き、罪を犯さず、自立した大人としての人生を歩んできた女にとって、その事実はあってはならないことだ。善悪の判断がつかない子供ならまだ言い訳もつく。だが大人として自立した自分が殺人鬼を好きになる。それは自分自身から人としての人生を奪うに値する罪だった。

 女は自分の気持ちに気付いてから苦悩した。

 この男は自分の意思で人を殺し、殺人鬼であることを選んだ。それを愛するということは、殺人を肯定することと同義だ。仮に殺人鬼と結ばれたとして、それでとうなる。子供ができれば人殺しの子供であるし、罪からは逃れられない。人として真っ当な生活をするのは不可能だろう。殺人鬼を好きになったその日から女はずっと葛藤していた。殺人鬼に愛されたいと思う心情と禁忌に対する理性の間で決断を決めかねていた。ただいたずらに日々が過ぎた。しかし女が悩み苦しんでいる間も、殺人鬼が自分を見つめることはなかった。数週間が過ぎても二人の関係性に進展はない。殺人鬼は自分を女として見ることはなかった。人としての摂理より何よりも、女にとってはそのことの方が辛かった。そしてついに女は自身の葛藤に対して決断を下した。