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【殺人鬼の恋】第1章 悲劇の幕開け

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 気づいた時には濃霧が周囲を埋め尽くす不気味な廃墟に迷い込んで居た。所々に車のスクラップが廃棄され、鉄クズや不法投棄のゴミが無造作に放棄されていた。人々から忘れ去られた空間、いやむしろ人々が目を背けるほどに忌々しい場所。その廃墟はそう思わせるまでに異様な空気を醸し出していたのだ。いつの間にこんな場所に迷い込んだのか記憶になかった。ただぼんやりと歩いていたらいつのまにかそこにいた。

  女は周囲を見渡す。早くここを出なければ、こんなところで長居をしていればまた父や婚約者から文句を言われる。女の額には汗が浮かんだ。

 その瞬間だった。
 がさり、と草の茂みが揺れた。女が目をやるが、そこには何もない。周囲を見渡すが、生き物の気配はなかった。気のせいだろうか。女が疑心暗鬼に囚われていると、どこからか鐘の音がなった。

ーーかーん。こーん。こーん…。

 思わず周囲を見渡す。イビツな不協和音が耳元でなっていた。その鐘の音は廃墟一帯にこだまして不気味さを残していく。そしてその耳を劈くような嘆きの声を上げる音は異様な気配を背後に出現させた。
「……ッ!!?」
 瞬時に振り返ると黒いローブを身にまとった長身の男が立っていた。身長は2メートルはあろう巨大な男だった。しかしその体型は長身に反して華奢で細く、頼り気が無かった。程よく鍛えられており筋肉は発達していたがなんというか不健康そうな見た目だ。顔は黒いマスクで覆われ、マスクに作られた男の端正な輪郭くらいしか判別をつけられるものが無かった。
 男の持つ異様な風貌は異形の怪物と言ってよかった。廃墟に現れた非日常のモンスター。モンスターは女を視界に入れると音を探る犬のように傾けた。
 女は慌てて駆け出した。あり得ない、絶対に。真っ黒い異形のモンスターが自分を追いかけ殺しにくるなど悪夢を見ているようだ。もしかしたら何かの間違いなのかもしれない。社内のイベントで仮装パーティが行われたとか、罰ゲームで変な格好をしているとか。とにかくこの目で見なければ信じ難い出来事だ。
 女は塀を乗り越え、壁に潜み、必死で身元不明のそれから逃げ惑った。無造作に茂った木々や草木が肌を掠め、女に小さい傷を作った。この廃墟のすべてが女に敵対しているようだった。
「はあっ!はあっ!」
 女は息をつくため、壁の隅に隠れしゃがみこんだ。胸を押さえ、息を整え必死に気配を消す。体はそんなに強いほうではない。そのため長くは走ることはできなかった。
 とにかく真実を確認しなければ。本当に変質者なのかただの誤解なのか。いたずらであるのならばそう言って欲しい。

ーーこーん、こーん。

 聞き覚えのある音が耳元で鳴る。気付くとすぐ隣に男はいた。
「!!」
 反射的に悲鳴を上げたが声にはならなかった。女は足を踏み外し、その場に尻もちをついた。そしてそのまま自身に歩み寄る男を見上げた。長身の男は高い位置から女を見下し、女は低い位置から男を見上げる格好となった。細身とはいっても身長が2メートルを超えていると迫力があるものだ。女は男を見上げてから、覚悟を決めた。どうせ死ぬのならばこの男の正体を知っておきたい。本当にモンスターであるのかそれともただの仮装をした風変わりな人物なのか。
「何なんですか!?何故私のことを追いかけようとするんですか!?」
 女はできる限り強い口調で男に問い詰める。あまりに強い語気に男は一瞬だけ、はっと目を開き女を見据えた。そしてしばし悩んだ様子を見せた後、答えを決めたのが納得するかのように頷いた。そして再度女に向き合い首をわざとらしく傾げ、その問いに答えた。
「それは俺がお前の事を好きだからだ」

 男は大仰にそして何かを演ずるかのようにそう言った。まるでハロウィンイベントの一環か何かのようだった。しかしそのセリフは余りにも寒く、場が凍りついた。女は目を点にしていた。先ほどまでの恐怖はどこかへ飛び、間抜けな空気だけが場を満たした。そんなセリフで他人を脅かすためだけにおかしな格好をして自分を追いかけ探し回っていたのか。あまりのバカバカしさに女は硬直していた。
 女は硬直し目を丸くして男を見上げる。男の額に冷や汗が浮かんだ。マスクの下の顔はみるみるうちに紅潮していき恥ずかしさに逃げ出したくなった。ざり、と男の足が無意識に後ろへ動く。体は正直だった。

 冗談のつもりだった。
 狂人を演じおかしな発言をすることで相手の印象に残そうと思っていた。自分はそこまで強い殺人鬼ではない。ならばせめてキャラクターで人の印象に残ったり人気になりたかった。ただですら他の殺人鬼と被り、尚且つ特徴の薄い能力のせいで存在が忘れがちになっていた。で、あるならばせめてキャラクターだけはかっこよくありたかった。異形の殺人鬼は狂った発言をし女をストーカーのように追い詰め女をからがら取り逃がす。そして男の告白を受けた女は恋心にも似た感情を殺人鬼に持つ。それが男の考えたシナリオだ。これならばドラマティックであるし人の印象にも残る。もしかしたら女性に好意をもたれるかもしれない。元々人を殺すのはそんなに好きではないし、だったら適当に追い回して自分のことを覚えてもらうほうがずっと得だ。
 そして実行した結果、そこに残るのは呆れ返った女の顔と間抜けな顔をした自分の姿だ。
 完全に滑った。
 ふるふると体が震える。恥ずかしい、逃げたい。 今すぐ鐘を鳴らして透明化して消えてしまいたい。
 そうだ、この女を殺そう。男は手にした武器に力を込め振り上げた。
 その瞬間だった。
「ふふっ。あはは……」
 女が笑い出した。
女は質素で地味な顔を無邪気に崩し笑っていた。くすくすと品のある笑いからついに堪えきれなくなり目に涙を浮かべて笑い続ける。

 レイスはしばらくぽかんとそれを見ていたが、女の笑顔に少し救われた気がした。
「私のことが好きだからなんて、ふふっ。まるで俳優か何かみたいに演技ぶって……何かのイベントか何かですか?おもしろいですね?」
 女は腹を抱えて笑い続ける。
「いきなりのことで驚いちゃいました。でもこんなユニークなイベントもあるんですね」
 女は息を整えながら立ち上がると男の元とへと近づいた。そして下からじーっと男の顔を見つめた。じっくりと女に見つめられ男は思わず身じろいでしまう。
「今日は仮装パーティーか何かですか?ハロウィンも近いしイベントの一環ですか?」
 男は答えなかった。否、答えられなかった。ここで人を待ち伏せして襲い掛かるのが仕事だなんてとても言えない。しかも侵入者の大半を取り逃がしてしまっている無能社員だ。その上今ではほとんど召集もかかっていない幽霊社員でもある。

 男はただ無言で女を見つめ返した。しかし目が合うたびについつい逸らしてしまう。女性の視線は慣れていない。
「ふふ、マスクをしているから分かり辛いですが結構かっこいい方なんですね」
 男はどきりとした。そんなことを女性に言われるのは初めてだ。もしかしたら脈があるのかもしれない。そんなどうでもいいことばかり考えてしまう。女に至近距離から見つめられる。女のまつげが、髪の毛が、唇が、はたから見ればどうでもいいものばかり拡大されて目に映る。初めての経験に男は慌てた。思わず顔を背け、女に背を向けた。その様子がまたひどく滑稽で、女に悪戯心が湧いた。
 女は背伸びして男の頭に手を伸ばした。男の後頭部を両手で掴み、力を込めた。男はなされるがまま、女に顔を向け、姿勢を屈めた状態になる。
 急なキスだった。男のマスク越しに女の唇が重なった。
「!!!?」
 男は仰天し、女から手を離された瞬間、思わず背後に飛び退く。
「ふふっ、さっきのお返し!びっくりした?」
 男は赤面し、瞬時の間に木の陰へと身を隠した。
「キスなんて挨拶みたいなものなのに意外とシャイなのね、可愛い」
 女はくすくすと笑う。その笑顔には品があり優しげだった。男は思わず見惚れてしまった。ずっと優しい女性が好みだった。女は木陰からこちらをじっと見つめる男を面白いな、と思った。目の前の殺人鬼は見た目に反して純情だ。
「ねぇ、私帰り道がわからないの。良かったら途中までご一緒しない?」
 男は木陰からひょこっと出ると、ひっそりと女を見る。そしてこくり、と小さく頷いた。
「あなた、名前はなんていうの?」
「……レイス」
「じゃあよろしくねレイス、私をエスコートしてね」

 女は優しく笑う。これが二人の出会いだった。奇妙でそして謎めいていて、最も忌々しいといえる悲劇の幕開けだった。