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【殺人鬼の恋】第3話 思うようにならない

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   その女は、物心ついたときから感情という感情を感じたことがなかった。自分の人生は親によって整理され、用意されたレールの上を歩くだけの選択肢しかなかった。ゆえに感情などは不要だった。女は感情を封じたまま感情豊かに振る舞った。

  裕福な家庭の第二子として生まれ、他者の道具として利用されるだけの存在。結婚も就職も全てが固定され何1つ自由のない人生。だから少しだけ反抗したくなった。婚約者の見ていない場所で男を弄び、からかうのが女の趣味だった。
 悪趣味であったが、その瞬間は心が満たされた。自分をいいように弄ぶ男たちが自分の思い通りに動く。これほど面白い遊びはなかった。とくにこのレイスという男は面白かった。今までにないタイプだ。からかえばからかうほどコロコロと表情が変わった。きっと生きてきた中で女性経験がないのだろう。ここまで顔に感情が出るタイプならろくに社内営業も出来なさそうだ。
 女は面白いおもちゃでも見つけたかのように、レイスをからかっていた。石ころにつまずいたフリをしてレイスの腕に胸を押し当てた。レイスは猫のように飛び退いて一際驚くとすぐに女を振りほどいた。
 わざとレイスの空いた手に、手を絡めるとレイスは条件反射で腕を引っ込めた。成人をすでに迎えた男性が女に触れられただけで動揺する。これほど面白い光景は当分見られないだろう。女は少し大胆なことをしてみたくなった。
「ねえねえ!レイス!これ見て!これ」
女か地面を指差してレイスに言う。レイスは無防備に、大きな体躯をかがめ指先を見つめた。すると…
ふうっとレイスの耳に息が吹きかけられた。
レイスは飛び跳ね、その場に尻餅をつき、思わず女を見上げた。女は無邪気な笑顔でケラケラと笑っていた。
「さっきからどうしてこんなことするんですか?」
レイスは涙目で女に言った。
「だっておもしろいから!」
 女はカラカラと笑う。
「何がおもしろいんですか!人のことをからかって…!僕のことバカにしてるんでしょう!僕が女性経験ないから…」
「ばかになんてしてないよ。レイスは純粋ですごく可愛い。他の男の人といるより楽しいよ」
「他の男より…?」
「うん。無垢で素直で素朴で、外面と権力だけに従事する男よりずっと素敵!私にとってあなたは特別みたい」
 女は無垢な笑顔でレイスに語りかける。
「……っ」
 女はレイスに手を差し伸べた。レイスはたどたどしく、その手を取る。血が霞む黒い布地が女の白く細い手に触れた。罪悪感で女の目が見れない。
 女は軽やかな足取りで森を歩く。その姿を見つめ、レイスの鼓動が早くなるのを感じた。
「どうしてそんなこと言うんですか…」
 聞こえるか聞こえないか分からないような声でレイスは呟いた。
「そんなこと言われたら、貴女のことを忘れられなくなってしまうじゃないですか…」
 レイスは消え入りそうな声で女に訴えかけた。その問いに女が気づくことはなかった。


 
 そんなじゃれ合いを続けていると見覚えのある道が見えた。鬱蒼と茂る木々の隙間から光が差し、舗装された狭い歩道が姿を表す。
「ここを抜ければ戻れそう」
 女は言った。
「レイスもこっちなの?」
 ふるふるとレイスは首を振った。
「じゃあ、ここでお別れだね……」
 女は言った。レイスは寂しげに女を見ていた。
「またあおーよ!一緒にあそぼ!」
その言葉を聞いた瞬間、レイスは目を輝かせた。
「ねえ、顔が見たいな。ちゃんと覚えておきたいからあなたのこと」
 女は上目遣いでレイスを見る。レイスは不器用にマスクを外した。皮とも言えずかと言って絹や木綿でもない。どちらかというと木の皮をいなしたような黒ずんだマスクが剥がれシルバーブロンドの長髪がなびき、素顔が光に照らされた。まっすぐとした眼差しを持った端正な成人男性の顔がそこにはあった。彫りの深い険しい顔立ちだが目鼻立ちが整っている。
「……」
 女は思わず目を見開きしばしの間、見惚れていた。今まで感じたことのない感情が胸を高鳴らせた。女が背伸びをしてレイスに近寄る。レイスは目を閉じた。キスされると思ったからだ。
「また会えるといいね」
 女はそれだけ告げて、踵を返す。そしてゆっくりと去って行った。レイスはあからさまにがっくりしていた。


 歩いて程なくすると、もといたキャンプ場に戻ってきた。あれほど長い間レイスと遊んでいたのに日は全く落ちておらず、時間が殆ど経過していなかった。不思議なものだ。女は暫し遠くからキャンプ場を見つめていたが、息を一息ついてから家族の元へ向かった。時計を見ると時刻は數十分しか経っていなかった。しかしそれでも彼女の父は険悪な面持ちであった。
「何をやっていたんだ?」
父が睨む。
「ごめんなさい、散歩してたら迷ってたの」
父の手が上がり女の顔がはたかれた。
「今日のキャンプは両家の親睦を深める目的もあるんだぞ、勝手なことをするな」
「ごめんなさい」
「わかったなら酒でも注いで回ったらどうだ」
「はい…」
 女は酒を取り、婚約者の家族たちに酒を注いで回った。親族たちはいびつに微笑み、酒を受け入れた。
「あなた細くてきれいねえ、甥には勿体ないわ」
「ありがとうごさいます」
「子供はどう?ちゃんと産めるのかしら?細いから心配ねえ。もちろん男の子を産んでちょうだい?」
「はい…」
 用意された人生のレール、封じられた自由意志、何不自由ない生活。ゴムボールを押さえつけるような抑圧された生活は彼女の苦悩を膨らませるだけだった。
 苦悩は、自身を圧迫してきた男たちの精神を弄ぶという悪趣味なやり方によって発散される。しかしそのやり方にも限界が来ていた。女の中でどうあがいても苦痛が膨らむばかりだ。
 親族に酒を注ぎ、作られた笑顔で接しているとふと異質な気配を感じた。何かに見られているような、何もそこにはないはずなのに、それは間違いなく自分を見ている。
 女は振り返った。そこには密集した木々があるだけだった。そうだ、そんな訳があるはずない。
 運命の出会いのような形で王子と出会い、その彼が遠くから自分を見つめ続けるなど現実ではあり得ないのだ。