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【殺人鬼の恋】最終話 救いの無い逃避

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 女がレイスと駆け落ちしてからすでに半年が過ぎていた。女は窓の外を眺めながら自分の腹部をさすった。あれから何度もレイスに抱かれた。毎晩のように抱かれたが子供ができる気配はなかった。

 現実を思い知らされる。死者と生者の間に子供ができるはずがないのだ。彼女は人間でありレイスは魔物だ。家庭を作ることは無理なのだと女は悟っていた。そして時の止まったこの空間。この場にいる限り年も取らず、体や精神が変化することはない。
 外の世界だけの時だけが進み、自分だけが取り残されていく。レイスはずっとここで一人だったのだ。そう思うと胸が苦しくなった。
「どうしたの?哀しそうな顔をして?」
 レイスは心配そうに女の顔を覗き込んだ。
「寂しくなかった?ずっとひとりだったんでしょ?」
「君と会うまでは寂しくなんてなかったよ。それが当たり前だったから。でも」
 レイスは女を胸に抱きしめた。
「君が側にいる。僕は君を失いたくない」
 レイスの悲痛な思い。女は痛ましいほどにそれを感じ取っていた。頬に伝わるレイスの肌からは体温を感じなかった。血と枯れ草と獣の匂いがした。レイスは人ではない。家庭を築くことはできないが女の思いは変わらなかった。何があってもレイスのそばに居よう。この空間にいる限りは安全なのだから。
「そうだ!これ…」
 レイスは着ていたローブの中から木製の器を取り出した。
「わあ、何これ。レイスが作ったの」
 器は滑らかな曲線美を描きよく磨かれていた。レイスが一生懸命に器を細工している様子が想像できた。
「うん、これに花を飾ったら綺麗かなと思って!」
「嬉しい!ありがとうレイス」
 女の笑顔にレイスは目を輝かせた。そしてそのまま踊るような足取りで外に出ると彼は告げた。
「花を摘んでくるね!早く君に見せたいから!」
 楽しげに駆け出すレイス。女はその姿を見送った。
 そしてその時、空間を封鎖する鉄の扉が閉ざされたことに、レイスは気づかなかった。

 *

 女はレイスの作った木の器をテーブルの中心に置くと、椅子に腰掛けてレイスの帰りを待った。滑らかな木の感触を肌で感じると、レイスの思いと努力か伝わってきた。
 そんな事を考えていると、小屋の戸が力強く叩かれた。レイスが帰宅したのだ。女は顔を輝かせ、扉を開け来訪者を迎え入れた。
「早かったわね!フィリッ……」
 女の顔が凍りついた。そこに居るのは長身の怪物なとではなく、見た目ハンサムな普通の男性だ。ただし髪はボサボサに乱れ、頰は黒ずみ、スーツは乱れきっていた。片手にはウイスキーの瓶を持ち、服にはタバコの匂いが染み付いていた。
 それは女のよく見知った元婚約者だった。
「久しぶりだな」
 元婚約者は扉を強引に掴むと、ずかずかと入り込んだ。乱暴に椅子に座り込む。木製の椅子と床が擦れる不協和音が響く。男は血走った目で女を睨みつけた。
「どうして俺の元から逃げ出した」
 その言葉には理性で押し付けていたが強い怒りが含まれていた。女は答えられなかった。形のない恐怖が女を支配していた。
「あの後君を探し回ったんだぞ」
 元婚約者はテーブルに置いたウイスキーの瓶を口に含むと中にあった酒を飲み干した。ポケットからタバコの箱を取り出し、火をつける。カチリ、カチリと小さな音がなって火がつくと吸引口から成分を吸い、煙を吐く。苦味を含んだ嫌な臭いが部屋に充満した。
「どうしてここが分かったの?」
「廃墟に肝試しにきたバカがいてな、そいつが言いふらしてたよ。街から少し離れた森の奥に廃墟があってそこでバカな女と怪物が暮らしてるってな」
 男はタバコを口に含み、その味を堪能してから吐き出す。その度に不快な煙が空気を汚していく。婚約者はタバコを吸うような男だっただろうか。女は煙を見つめ、思った。爽やかであった彼の性格はいつの間にか捻じ曲がり、悪質に変貌させていた。あれほど輝かしかった綺麗な男性がここまで醜くなるとは思いもしなかった。はやくこの男を部屋から追い出したい。
「戻るぞ、街に。俺と一緒に街に帰って結婚するんだ」
 男はギロリと女を睨みつけると、火のついたタバコをテーブルの中心に飾られていた木の器に擦りつけた。レイスが作った器。花瓶にするはずだった不器用ながらも素朴な作品。汚らわしいタバコの内容物が器の滑らかな肌に擦りつけられる。黒い吐瀉物が木肌に跡を作った。女の体に嫌悪感が走った。
「出てって…!」
 女は告げる。思った以上に声が出なかった。そういえばこの男に強く反発したことがあっただろうか。優しくはあったが他者の反論を許さない男だった。
 男は拒絶の姿勢を見せる女の姿を一瞥すると、椅子から立ち上がり女を見据えた。
「お前のせいで全てが台無しだ、お前のせいで……」
 男は女に詰め寄りその腕を掴んだ。あまりにも強い力が込められ、女の腕に痛みが湧いた。
「もう一度教えてやるよ、お前の体に。そうすりゃわかるだろ、俺が良い男だってことが!」
 元婚約者は女の腕を強引に引き摺るとベッドに突き飛ばした。
「ひっ!」
 女を抑えて服を引きちぎり強引に女の体に舌を這わせる。鼻に付く酒とタバコの臭い。吐き気と嫌悪感が湧いた。愛する男に抱かれた今、それ以外の男に触れられるなど苦痛でしかない。女は死に物狂いで暴れた。
「くそっ!大人しくしろ!」
 思い通りにならない女の体に男は逆上し、思わず拳を上げた。


 轟音。


 それは女が殴られたからではない。男が投げ飛ばされた際の衝撃音だった。

 突如、男のスーツの後ろ襟が掴まれ、女から引き剥がされた。そのまま背後に突き飛ばされ、男の体がテーブルにぶつかり大きな音を立てて崩れた。
「くそっ!何…だ!」
 思わず言葉を失った。

 目の前に立ち塞がっていたのは巨人の怪物だった。真っ黒なローブに身を包み、黒いマスクを被って瞳の隙間から冷血な目で男を見下していた。
 その目には憎悪と憎しみが入り混じり、金の瞳は怒りで血走っていた。怪物は憎しみの目で男を睨みつける。無言の圧力が男にのしかかる。そこで男は理解する。

「お前!こんな悪魔に抱かれたのか!!?」

 レイスは元婚約者が女に問いかけることすら許すつもりはなかった。男の足を掴むと引き摺って外へ連れ出した。ズルズルと引き摺られ木製の床に男の顔が擦りつけられる。レイスは怒りで扉を乱暴に開け放つと、地面に男の体を放り投げた。男の体が叩きつけられ、頬骨に痛みが走った。

 レイスは手にした武器を振り上げると、男に力強く振り下ろした。

「ぎゃあああああ!!」

 低い悲鳴が上がる。男の顔面に鈍くも深い鈍痛と血の濃い味と匂いが充満する。レイスはさらに男に一撃を与えた。鼻がごきり、と折れて悲鳴が上がる。

「お、お前らは終わりだ!こんな生活がずっと続くものか!警察に連絡した!もうすぐここに大量の警官がくる!そしたらお前らは終わりだ!!死ね!死ねええ!!」
 悲鳴が止むのも待たずさらに武器を顔面に振り下した。男は黒い血を吐き、呪いの言葉を上げながら痛みにもがいた。レイスがなんどもなんども男の顔面を殴り男の顔が破裂する。潰れた顔をさらに武器で叩きつける。重い武器の先端が男の顔を引き裂く。武器で男の顔面を砕く。引裂き、破裂させ、血飛沫を上げる。

 男の眼球がえぐれ、顔面は形にならないほど崩れて抉れてしまった。ぐちゃぐちゃになった男には元ある姿すらわからない顔面だけが残された。

 レイスは男の髪の毛を掴むと、そのまま力を込めて中身を引きずり出した。胴体を踏みつけて固定し、頭部だけに力を込める。首と胴体が引っ張られブチブチと引き千切られ胴と頭が完全に分離された。断面から男の内容物がずるりと溢れた。

 レイスは無造作に引き千切られた男の首の断面を抉り、魚の解体をするかのように、中の骨を掴んで千切り出した。服をちぎって破り棄てた後、べりべりと骨髄がめくりあげて、肉と引き離す。

 死体は人としての形状をなさずグチャグチャに破壊されていた。レイスが我にかえると滅茶苦茶になった男の断片が散乱していた。レイスは返り血で染まっていた。その手はどす黒く汚れていた。

 またやってしまった…。

 破損した死体の肉片の中でレイスはがっくりと膝を落とした。そして体を震わせながら背後を見る。

 愛した女が己を見ていた。

 女はレイスの行った陰惨な虐殺の一部始終を見ていた。その顔が引きつるのがわかる。これがレイスの全てだ。現実だ。いくら虚飾を演じても隠しきることなどできない。

 真っ当に生きようと決めたのに。
 どうしてこうなってしまうのだろう。

 レイスはマスクを脱ぐと頭を抱えて、悲痛な悲鳴を上げた。静謐な空間に、レイスの甲高い悲鳴だけが響いていた。

 涙が止めどなく流れ、血と交わり濁っていく。

 大切なものも、大事にしたかったことがどうしてこうも手のひらからこぼれ落ちていくのだ!

 自分の不運を嘆いていた。

 女はレイスを見下し、意を決するとレイスに歩み寄った。そしてその背中を後ろから抱きしめた。
「大丈夫…大丈夫だから」
 血塗れのレイスを女の白い腕が包む。
「僕は…僕は殺人鬼だ!」
 レイスは叫んだ。
「殺人鬼でも構わない。あなたがそう言うなら私はそんなあなたですら受け入れるから!もう殺さないでなんかいわない!」
 レイスは女を始めて見た。
「一緒に殺しまくろう?壊して犯して殺して、滅茶苦茶にしよう?逃げられなくなってしまうまで」
 女は泣き笑いのような、様々な感情が混在した様な顔で告げる。愛情と憎悪と覚悟と悲しみと全てが混ざりこんだ歪な笑顔で。震える声で。
 女はレイスの握っていた武器に手を添え、力を込めた。レイスと共に生きる覚悟を、始めて持ったのだった。

 女とレイスは、身なりをととのえた後、最低限の貴重品を持って固く閉ざされた鉄の扉の前に立った。程なくして警察の群れが訪れるだろう。女は震えるレイスの手を握りしめた。二人は互いの手を取り合い、鉄の扉を開け放った。
 外の風が舞い込んできた。不純物のない神聖な息吹。
 二人は時の止まった空間から、一歩足を踏み出した。逃げて逃げて逃げきれなくなるまで、死が二人を別つその時まで。

 二人は外の世界へと逃げ出した。

 そしてその後の彼らを知らせるものは何ひとつ残っていなかった。