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【殺人鬼の恋】第11話 思い出したくない記憶

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 フィリップの平穏は一瞬にして終わった。灰色の雲が空を覆う曇天の中、フィリップは廃車のトランクから血が滴り落ちているのを見つけた。
 トランクの中に人が押し込められている。フィリップは一瞬、体が凍りついた。このまま自分が廃車を粉砕機にかけていたらどうなっていたのだろうか。フィリップはぞっとした。そして同時に嫌な考えが頭をよぎった。

 自分は日常的にトランクに人が詰め込まれた状態の車を粉砕機にかけていた……。何度も、何度も。何日も。何日も。
 そんな日常がずっと続いていた。その間ずっと人を……。
 フィリップは首を振るい、嫌な予想を払った。とにかく事実を確認しなければならない。鈍く反射するこの草臥れた車の中に、何があるのかを。
 フィリップはおそるおそる、トランクに手をかけて力をこめた。

 その中には、青年が入っていた。

 若い男が体を畳まれ、腕を縛り付けられ猿轡を嵌められた状態で小さいトランクに詰め込まれていた。その腕には無数の注射跡。麻薬中毒の青年だった。男は横目でフィリップを見ると、ひっと小さくうめき声を上げて血走った目を見開いた。その体が激しく震え、恐怖で困惑した男の精神が伝わってくる。
 フィリップは思わず飛びのいた。頭が混乱する。何故トランクの中に人が入っているのか。このまま粉砕機にかけていたらこの青年は機械の歯車によってその身をちぎられ、肉塊は鉄くずの一部となって機械の外に排出されていただろう。考えるだけでもぞっとする。フィリップはすぐさま青年の拘束を解いて、その場から開放した。
 そしてその様子を上司が見ていたことにフィリップは気付かなかった。
 青年が走り出し、数メートル逃げると上司は青年を捕まえ大振りの刃物でその首を掻ききった。
 流れるような滑らかな動作。異常だ。フィリップは思う。
 どさり、と青年の死体が地面に落ちた。フィリップの視線も落下の動作と同じように動く。上司は大柄な体をフィリップに向け、緩慢な動作で近づいた。
「どういうことですか、なんでトランクの中に人が入っているんですか……あのまま粉砕機にかけていたらどうなっていたんですか……!なんで青年を殺す必要があったんですか!僕は今まで何を任されてきたんですか!?」
 フィリップの口からさまざまな念が吐き出される。今まで自分がしてきたこと、まかされてきた業務。その正体をフィリップは問い詰めた。
「この工場では人間の廃棄も請け負っていてな」
 上司の低くくぐもった声が語る。
「人間を処理する代わりに多額の金を受け取っていた。お前はその人間を処理する執行係に選ばれたんだよ」
「……っ」
 言葉が出なかった。レイスの頭が真っ白になる。
 今までずっと自分は人を殺していたのだ。

 人殺し。

 頭の中で反芻する。犯罪。重罪。殺人。粉砕機。黒い感情が頭の中をぐるぐると回った。
 無害な一般人として生きていたはずの自分が、犯罪者になる。数え切れないほどの人を粉砕機にかけて殺し続けた殺人者。その罪は一体どうやったら償えるんだろう。警察に捕まり牢獄の中で暮らすのか?それとも死刑になって死ねば償えるのか?分からない。何もかもが。唯一つ分かっているのは自分が最悪な殺人鬼であるということだけだ。この先、どうやって過ごしていけばいいのだろうか。人に殺人鬼だと指を指されながら生きていくのか?それとも罪から逃げて果てのない逃避行を続けるのか。わからない。分からない。犯罪者はこの先どうやって生きていけばいいのだ!

「大体、金もない職歴もない男がそう簡単に職にありつけるわけがないだろう。最初から決まっていたんだよ。バカにもほどがある」

 上司の声。

 頭に入ってきた瞬間、レイスの思考が反転した。

 普通の人間には戻れないと思った。死ぬ勇気もない。数多の人を殺して警察に追われ殺人鬼として生きるしかない。今まで犯罪を犯さす、真面目に正しく普通の人間として生きてきた。なのにたった一度の決断で殺人鬼にされてしまった。これからはもう人殺しとして人を殺し続けるしかない。そう考えた瞬間、彼の精神は崩壊した。否、彼自身が崩壊することを選んだ。自分の意思で殺人を犯すより、狂って分別がわからなくなった結果人を殺してしまう方が楽だったからだ。そして同時に激しい怒りが爆発した。自分を殺人鬼にした、自分の人生を滅茶苦茶にした上司に凄まじいほどの憎悪が湧き上がった。踵を返して立ち去ろうとする上司の背を、ゆらり、ゆらりと静かに近寄った。手にした工具を上司の脳天に強く叩きつけた。

 脳天に響く破裂音。ボンネットに衝撃が加えられ大きく凹むように、上司の頭に激痛が走った。
 一瞬の出来事に狼狽する上司の顔を、フィリップはさらに工具で叩きつけた。鼻が折れ、目が潰れ、歯が欠け、もはや元の顔すらわからなくなったころ、まだ意識のある上司を粉砕機の中に放り込んだ。
 大きな鉄の歯車に、男の体躯が押しつぶされ引き千切られていく。ゆっくりと時間をかけながら鉄のギシギシという金属の擦れる音よりも、骨が折れて摩擦するような重低音がこだました。腕と肩が外れ男の足がもげる。体はあらぬ方向に折れ曲っていた。人とは酷なものだ。そうしてもなお、まだ生きているのだから。


 ちょうど歯車が首にかかった時、フィリップは機械の動作を止めた。フィリップは上司の体に近づくとその首を引き抜いた。こんなものではまだ甘い。崩れた思考の中、頭の奥でそう鳴った気がした。フィリップはあどけない少年のように、音を探る子犬のように首をかしげると、上司だった男の残骸を一瞥した。そして踵を返し走ってその場から立ち去った。