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【殺人鬼の恋】第5話 嫌な気配

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フィリップは新しく訪れた街で、幸いにも廃車工場の解体仕事にありついた。上司はアズローブと名乗った。がたいの良いたくましい男であったが品はなく顎周りを黒く覆う濃い髭面はいかにも悪人風だった。

 金もなく若さだけで仕事が決まるのは今のうちだけだろう。そんな環境でもフィリップは真面目に仕事に従事した。工場の敷地や仕事のルール、解体の流れなどを覚え住む家が決まり生活が安定してくると、彼には粉砕業務を任されるようになった。定められた手順と操作だけを覚えれば決して難しい仕事ではなかった。

 解体作業員の手によってガソリンやタイヤなどが抜かれた解体済みの車がフィリップの元へと届く。フィリップはそれを正しく手順通りに作業するだけでよかった。

 彼は上手くやっていた。
 幾多もの廃車を粉砕機にかけて、メキメキと粉砕していった。形を保っていた車はスクラップと貸し、鉄屑の塊になって粉砕機から出て行った。

 そんな光景を何度も何度も眺めていた。

 

*

 

 女は朝の日差しを浴び、浅い眠りから覚めた。何か夢を見た気がするが詳しくは覚えていない。

 体を起こすと身なりは外出用の服のままだった。化粧も落としていない。高級な服の生地にはシワができてしまっていた。こんな姿では婚約者に会いに行くことはできないだろう。そう思いながら立ち上がり、クローゼットから新しい衣服を取り出した。

 その瞬間、聞き慣れたメロディが鳴った。携帯の着信だった。

 女が携帯を手に取るとすぐ着信は切れた。すぐに発信者を確認すべく携帯を操作すると女の背に悪寒が走った。

 そこには、十数件の不在着信が並んでいた。非通知による着信が5分置きに記録され規則的な法則性を描いていた。ディスプレイに映された形のない無色透明な悪意に、女の表情が引きつる。
 自分がぐっすりと眠っている間に絶えず着信があったのだ。一体誰のものなのか想像がつかなかった。
今まで散々悪戯をしていた自分に対する罰なのだろうか。それにしてはあまりにも悪趣味だ。

 女ははっと、思い返しカーテンを閉める。今この時もいつ誰かに見られてるかわからない。女は気が気でない思いで着替えを済ませ会社に向かった。

 

 会社に着いてからも女は迷っていた。女の身の回りで起きていることを婚約者に相談するかどうかだ。相談しなければ気味の悪さがずっと続く。しかし相談すれば彼女から一切の自由が奪われるだろう。

会社も辞めさせられ、家の中に閉じ込められ一切外には出してもらえない言葉通り籠の鳥となる。

女にはそんな未来がはっきりと見えていた。結婚後、女に課せられた役割はひとつだ。男児を生み後継として育てること。女にそれ以上の価値など求められていなかった。

 吐き気がする。

 胃の奥から奇妙な気持ち悪さが疼いた。婚約者に言うのは止めよう。これ以上束縛が強まるのは耐えられなかった。

 携帯は絶えず着信を受け取っていた。女の服のポケットで小さな端末がぶるぶると震えるのが伝わる。女はそれと対峙した。携帯の電源を落とすことはできない。婚約者や父からも着信が来るのだ。返事が遅れればまた問題になる。上手くやるのだ。いつもと同じ。なにも恐れることはない。

 

 時刻は夕刻をすぎ日が落ち始めた。女は事務仕事を終えてひと段落すると帰り支度を始めた。結局、非通知の着信はきっかり5分おきになり続けた。しかし、夕暮れが近づくとぱったりと止まった。

女はオフィスを後に、いつも通りの帰路に着く。会社から外に出ると、秋の清涼な空気が纏わり付いた。先ほどまでの不安が嘘のようだ。女はその場で深呼吸をした。そのまま電車へと乗り込み、自宅に最も近い最寄駅で降りた。夕日が沈みかけて夜の帳が降り、清涼な空気はさらに純度を増す。

 その時だった。今度ははっきりと感じる。見えない気配。誰かに見られているのだが、確証がない。
 周りを見渡しても不審な人物はいないし、誰も自分を見つめてはいない。
 ただ奇妙な気配だけが体にまとわりついた。

 女はとにかく歩いた。通行者用にきれいに舗装された並木道を歩き、車道に面した交通量の多い道路を通り、ひたすらに自室へと向かった。その間、女を見るものはいなかった。だが、感じるのだ。自分の後ろをペタペタとついてくる見えない亡霊の気配が。そこから悪意は感じ取れなかった。ただただ無機質に、無邪気に、自分の後ろをついてくる。

足の速度を速めても、それは自分に合わせる様に歩幅を合わしてついてきた。複雑に角を回っても、撒いたと思っても、それは懸命に自分の後をついてくる。 まるで、親を慕う子の様に。

 

 ……アパートまで着いた。

 女の眼前には、自分の住まう無機質な建物があった。不気味な気配を感じながらも意を決して自室に入る。

 重い扉を開け、玄関へ足を踏み入れるとすぐに扉を閉め鍵をかけた。普段は使用しないチェーンでさらに鍵を固定すると女はへたり込んだ。
 そして、そのまま散らかった廊下を通り乱雑に物が放置された自室へと戻った。ベッドに散乱された衣服を乱暴に掴むと、脱衣室に設置された洗濯機の中に放り込んだ。

 女の顔には疲れが見えていた。形のない不安に対する恐怖と、親戚や家族の圧力に対する恐怖。そして重たすぎるほどの婚約者の束縛。

 洗面台の鏡に映る自分の顔はひどくやつれていた。
そして片隅のカミソリが、視界に入る。しばしその鈍い刃を見つめていた。

 ……何を考えているんだ。私は。女は首をふるうと踵を返し部屋に戻った。服のボタンをひとつずつ外し、着ているものを脱ぎ始めた。

 視線はさらに強まった。思わず服を脱ぐ手を止める。今、何者かが自分を見ている。ここには何もいない。周りは壁に囲まれている。カーテンも閉まっている。なのに、視線だけが生々しくこちらを凝視している。女が息を殺し、気配を探っているとそのまま数分が流れた。

 刹那、外の景色が一瞬光った。カーテン越しに光が差し込み、それは一瞬で闇に変化する。

 雷でも落ちたのだろうか?一瞬の稲光とともに視線も消えていた。女は奇妙な違和感を抱えながら普段着に着替え就寝した。