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【殺人鬼の恋】第6話 いびつな駆け出し

 f:id:tableturning:20161105080124j:image フィリップが廃車工場で働き始めてから既に数ヶ月が過ぎた。廃車工場には時折、ガラの悪い人間が立ち入りフィリップの上司と何らかの話をして帰って行った。フィリップ同様、廃車工場では多数の若者が働いていたが彼らは何も知らされておらずただ淡々と業務に従事していた。

 フィリップは治安の悪い地域で生まれ育った。それが犯罪に関わるものであることは何となく理解できた。会社そのものが闇の仕事を請け負い、それによって多額の金銭がやり取りされていることは知っていた。
 警察も何度か訪れてはいたが、買収されており咎められることもなかった様だ。本来あってはならない会社としての姿であったが、フィリップはとくに気にとめることはなかった。

 彼自身は犯罪とは無関係な粉砕業務が主な仕事であったし、犯罪などとくに珍しいものではない。フィリップはごく真面目に、平穏に暮らせればそれでよかったのだ。

 フィリップは晴天の中、他の社員と同様に淡々と業務を進めていった。幾つもの廃車を粉砕機にかけ、鉄クズへと変えていった。
 そんな日々が何日も何日も続いていた。

 

*

 

 ストーカーには法則性があった。ストーカーが行動するのは夜だけだ。日中は不在着信を入れるのみで視線を感じなかった。夕暮れ後から気配が現われ視線を感じる。危害を加える意思はなかったが正体不明の薄気味悪さがあった。

 そして今も、その気配を感じている。

「それでさ、家具はあそこのメーカーにしてさベッドも買いに行こうよ。僕はダブルがいいと思うんだけど?」
「……。」
「ねえ?聞いてる!?」
「え!あぁ!」
 男は自身の話を無視されたせいか少し苛立った様子だった。
「どうしたの?」
「なんでもありません……」
「本当に?」
「本当に大丈夫」
 女はかろうじてそう答える。
 男の問いは女を心配してのものではなく、自分の話を聞いてるかどうかを確認するものだった。そんな身勝手な男特有の神経。女は少し視線をめぐらせ口を開いた。
「…ねえ、結婚…もう少し先に伸ばせないかな?」
「は?今更何言ってるの?」
「その、私…」
 女の言葉を待たず、男は携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。
「あ?お義父さん?」
「ちょっと待って!」
「ええ、はい。そうなんです…じゃあ」
 男は何かを話すと電話を終える。
「お義父さんと話しておいたからさ、相談しなよ。何か悩みがあるなら、ね?」
「……っ!」
 男は喫茶店の明細を取ると席を立ち支払いを済ませた。
 まさかこんなことになるとは思っていなかった。文句があるのならば直接自分に言えばいいのだ。なのにそれすらも通り越してこの男は父に直接苦情を入れた。女は形容しがたい感情を抱きその場に硬直していた。そして唇を噛み締める女の姿を、"それ"は見ていた。

 

 女は婚約者と別れた後、その足で自宅へ向かった。顔には疲労が浮かんでいる。現実面の疲労と正体不明の何者かへの不安。女は疲弊していた。
 自分の部屋に着き自室の扉に備え付けられたポストを確認すると一枚のカードが挟まっていた。暗がりの室内では内容を確認することはできない。女は自室に入り部屋の明かりをつけ、カードを見つめる。無機質な蛍光灯によってカードが照らされる。そこにはイビツな字でメッセージが書かれていた。

 あ な た が す き で す

 子供が書いたような不規則な文字だった。曲線は不気味な歪みを持っていた。いびつな文字で書かれた愛の告白。普通の女であれば戦慄しただろう。だが女はそれを穏やかな目で見ていた。

 なぜならそのメッセージの差出人は女がよく知っている人物だからだ。全ての整合性がとれた。姿のない透明な気配、鏡に移らない背後からの視線。良く考えてみれば自分の記憶の中にそれを持つ人物がいた。今までの不安や得体の知れないそれはよく知ったものだった。考えてみればそれ自体、自分に危害を加える意思はなかった。女はほっと胸をなでおろす。なんだ、何も恐れることはなかったのだ。

 女は携帯電話と鞄を手に、自室から出た。そしてその足で近くの公園へと向かった。

 

 女は公園に着くとまずは父に連絡を入れた。父は開口一番怒鳴り声をあげた。女はただ平謝りするばかりだ。

「ごめんなさい、そんなつもりじゃないんです。はい、はい。もうしません、わかってます。今度彼に謝ります。それじゃあ」
 女は長い時間、謝り続け、申し訳なさそうに許しを懇願していた。そして電話を切り、その場に立ち尽くした。
 深夜の公園。周囲は音もなく静寂だ。人のない虚無の空間で女は呆然と心を静めていた。
「見てるよね」
 女は虚空に向かって問う。彼がここで女を見ていることは分かっていた。それは、宵闇の中でのみ活動する異形の存在。常に暖かい視線で女を見守っていた。
「じゃあ分かるよね。誰も私の話を聞いてくれないの」
 女は1人つぶやいた。誰かに自分の気持ちを理解してもらいたかったのだ。
「私、怖かったの。父だけじゃない。ストーカーだけじゃない。周りのすべてが。作り笑いを浮かべていつも周りの目を伺って周りの反応を怖がって…」
女は顔を上げ、自分を見つめる"それ"に告げる。
「レイス。顔が見たいな」
 女が彼の名を呼ぶと、それは高らかな金属音とともに姿を現した。自身につきまとう黒い影、異質な気配、温かい視線、すべてはこの長身の男の仕業だったのだ。
 女に付き纏っていた彼は、心配そうな、不安げな眼差しで女を見ていた。婚約者に対する異常なほどの緊張、実の父親に対する畏怖、それは端から見てもおかしな光景であった。なぜ、近親のものにそれほどまでに服従しなければいけないのか。レイスは外部からそれを見つめながら疑問に思っていた。
「ずっと私のことを見ていたのね、どうしてそんなことをしたの?」
 蛍光灯に照らされたレイスの姿。女にとっては予想通りの人物。それを確認すると女は問うた。
「……ごめんなさい、迷惑でしたか?」
「一言声をかけて欲しかったな」

 そうすれば余計な心配はせずに済んだのだ。

「勇気が出なかったんです…何度も言おうとして、声が出なくて」
「私に何を言おうとしたの?」
「それは……」
 レイスは言い淀んだ。言いたかったことは唯一つだけだ。あなたが好き。それだけ。あの日からずっと女のことが忘れられなかった。だからせめて駄目でもいいから告白したかったが勇気は出なかった。
 今もなお、告白するだけの強い意志が彼には欠けていた。言葉を失ったまま、静かに俯く。受け入れられても拒絶されても、彼には告白するという選択肢がなかった。
「ねえレイス、デートしない?」
「えっ!」
 女は突如、思いついたように言った。
「またあの時みたいにさ、2人でデートしようよ」
「でもあなたには婚約者が…」
「婚約していれば相手を束縛できるの?相手の自由を奪えるの?」
「それはあまりにも極論です……僕を困らせないでください」
「……レイスが嫌なら諦める」
 女は視線をずらした。そして少しだけ戸惑ったような表情で言う。
「私ってそんなに魅力ないかな…」
「そんなことないです!!」
 レイスがつかさず否定する。思っても見ない台詞だった。
 女の身を案じて引いた自分の言葉が女を傷つけることになるとは思わなかった。女の自信を取り戻さなければいけない。その瞬間レイスの頭はその意思だけで埋められた。
「魅力的です!とても!」
「嘘だよ……そんな」
「本当です!魅力的なんです!」
「気を使わなくていいから。ね」
 どうあがいてもレイスの言葉を信じようとしなかった。レイスは意を決し、覚悟を決めその言葉を口にした。
「あなたが好きだから!僕はあなたのことが好きだから!」
「……っ」
 沈黙が流れた。勢いにまかせて告白をしてしまった。受け入れられるかどうかもわからないのに。手紙や電話ならいくらでもいえる。だが、相手を目の前に口にするのは大きな覚悟がいる。冗談ですらあれ程までに恥ずかしかったのだ。本気の告白ともなればその差はケタ違いだ。
 そして言ってしまって彼は後悔した。恥ずかしい、と心底思う。レイスは女を見る。女は震えていた。そして口を開く。
「嬉しい…」
 レイスの瞳に希望が満ちていくのが分かった。断られても受け入れられても女の反応は恐ろしいと思っていた。だが肯定と享受の意思は思ったよりも甘美であり、心地よかった。そしてそれはレイスに勇気を与えた。
「デートしましょう!」
 レイスは言った。女の手を握り確かな意思を持って。婚約者の有無などもはやどうでもよかった。