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【殺人鬼の恋】第7話 祭りの夜

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 レイスが女に愛の言葉を継げたその夜、二人は一旦別れ、後日合流することにした。年に一度の派手な祭りが街で行われるからだ。その祭りでは多くの露天が開かれ花火が上がる。そして参加者は奇抜なファッションや異形の仮装に身を包み町全体が異様な空気で包まれる。
 レイスは見た目、人と変わらぬ顔をしているがやはり異形の怪物だ。慎重は2メートル近い巨体であるし、肌の色も褐色で色合いが悪い。そして体に染み付いた血の色はいくら拭っても取れなかった。町に出れば否応なく人目を引くであろうその外見も、祭りの日であれば過度に目立つことはない。

 二人はその日、人目を盗んで合流し2人きりの夜を楽しんだ。白いアンティークの町並みを、オレンジの明かりが装飾する。花と色紙の装飾で飾られた町並み、カラフルなファッションで踊る人々、客を呼び込もうと賑やかな露店。人々は仮装し奇抜なファッションで歩いている。
 そんな祭りの夜を二人で歩くだけで自然と笑顔があふれた。人生の中で、心の底から始めて笑ったような気がした。楽しい思い出を好きな人と共有する。それがどれほどかけがえのないものか、彼らは生きてきた中で知らなかった。

 女は突如、レイスの腕に自分の腕を絡ませた。レイスは驚いて女を見る。自身の腕に女の柔らかい体重がかかるのを感じた。今度はふりはらわなかった。レイスは自身の体を使い、女の支えとなり続けた。

 ずるいなあ、あいつ。

 レイスは思う。

 あの男は当たり前のように女の隣にいることが許される。レイスは愛することさえ許されない。女には婚約者がいていつかは結婚する。自分は女の一時の安らぎでしかない。逃げ場のない女の唯一の逃避先が自分だ。この女には自分以外、本心をさらけ出せる相手がいなかったのだ。だから自分が今、女のそばにいることができる。それでも自分はこの女と結ばれることはない。彼女を抱くことはできない。彼女にはもう、決められた特別な相手がいる。

 あまりにも辛すぎる現実に、口の奥から苦い唾液がこみ上げた。唇を噛み締めて、感情の流出に耐える。
「レイス?どうかした?」
 突如表情を変えるレイスの様子に、女が心配そうに自分を見上げた。
「大丈夫です」
 レイスは感情を押し殺して答えた。無理やり笑顔を作り女を心配させまいと笑う。頭上には煌びやかな花火が上がっていた。
「綺麗……」
女は呟く。
「あなたの方が綺麗です」
 レイスは言う。女は顔を赤らめて笑った。嘘ではない、本心だった。花火が上がってもレイスは女の顔をしっかりと見つめていた。二度とこの顔を忘れないように。

 

*

 

 祭りが終わるとレイスは女を部屋まで送ることにした。先ほどの喧騒が嘘のように消え、静寂に包まれた夜の中、女はレイスの太い腕から離れようとはしなかった。祭りが終われば日常がやってくる。それは女にとってひどく恐ろしいものだ。
「つきましたよ」
 レイスが女に言った。目の前には白い建物があった。
「…レイスはどうする?泊まってく?」
「いいえ、もう遅いですし女性の家に男の僕が上がりこむなんてよくありませんから」
「レイスはいいの!」
「僕だって男ですよ!」
「……まだ、時間はあるから…また来て、電話もほしいな」
「はい!必ず!お休みなさい」
「お休みなさい」
 部屋に入る女の姿を見送るとレイスは呟く。
「……行ったかな」
 レイスはしばし見送り、そして女が完全に帰ったことを確認すると疎らに残っていた通行人を吟味した。

 

 夢のような夜を過ごし、女が踊るような足取りでベッドになだれ込む。幸せな気持ちが女の心を満たしていた。銀色の髪をなびかせた長身の男性が自分をエスコートしてくれる。まるで王子様みたいだ。そんなことをしてくれる人は今までいなかった。仮にいたとしても皆、女の体を求めるばかりでそれは下賤なものだった。だがレイスは違う。純情で優しく可愛らしい。殺人者とは思えない。現に今この瞬間もレイスは無理に女に詰め寄ったりすることはなかった。普通の男ならこのままホテルに連れ込もうとするだろう。

「襲われたかったなあ」

 女はそう呟くと恥ずかしさに足をバタバタさせた。少し物足りなさを感じた。だがそれでよかった。次に会うときへの期待が膨らむからだ。すぐに体を重ねてしまっては面白くない。男は一度体を許すと調子にのる。もう少しだけからかってやろうと思っていた。

 完全に舞い上がっていた。まさかそうなるとは思いもしなかった。女の携帯が鳴る。軽快なメロディが流れ女は機敏にそれをとった。5分ごとに鳴る非通知の着信。それだけを期待していた。女は気付きもしなかった。今は昼ではないことに。

 

*

 

 その日、女は実家から呼び出されていた。祭りが終わる数時間前から5分ごとに父から着信が入っていた。
 気づきもしなかった。レイスと遊んでいたからだ。男に夢中になり舞い上がっていた女は、何者かに尾行を許し写真にまで収められいた。

 円形のガラステーブルには女と長身の男が絡みあっている写真があった。見せつけるようにそれはテーブルの中心に広げられていた。
「どういうことだ?これは」
 父親の目がギロリと光る。熱の籠った視線が女をみあげた。
「まるで恋人のような睦まじさだな」
 静かに呟きそしてテーブルを叩きつける。
「お前には婚約者がいるだろう!!一体何をやってるんだ!!」
 父の怒号。静謐な父の書斎に鈍く反響した。木製の本棚が力無く震える。張り詰めた空気に女の精神がキリキリと傷んだ。
「アパートは引き払う!仕事も辞めろ!今後一切外出は許さん!!」
 怒鳴り声がさらに響いた。雷のような破裂音に女の体は竦んでしまう。反論することすら許さない。
女は黙り込んでしまった。ただ俯いてフローリングされた床を見つめることしかできなかった。

 生きてきた中で初めて得た喜び。自分の感情を持つということの代償がこれほどまでに大きいものだとは知らなかった。自分の意思を持ってして行動するからこそその行いには責任が伴う。至極当たりのことだ。
「部屋に戻れ、後処理は全て私が行う」
 父は席を立ち書斎から退出した。女はひたすらその場に立ち尽くしていた。


話を終えた女はその足で自分の部屋に向かった。趣味を感じさせない無機質な部屋があった。写真一枚すら飾られることはなく、ベッドとテーブルが質素に置かれているだけだった。
 バルコニーに連なる大型のガラス戸がありそこから外の様子を見ることができる。ただそれは外からも女の様子が監視できるということだ。それを遮るカーテンすらこの部屋にはない。

 部屋の扉のノックが鳴った。
「入るわよ」
 年老いた女が部屋に入ってきた。女の母だった。母は両手に大型のボストンバッグを持ち、その場に置いた。
「好きな人ができたんだってね」
「婚約者のこと?」
 ベッドに座り込み暗い瞳でつぶやく。
「違うわよ、あなたの好きな人よ」
「……」
「母さん嬉しいわ、あなたに好きな人ができて。その人と結婚したいの?」
「うるさいな!したくでもできないじゃない!何よ!嫌味を言いに来たの!!?」
 女は怒りを爆発させた。外部との連絡も取り用のないカゴの中で一体何ができるというのだろう。母に当たっても仕方がなかったが母の言葉は女の精神を逆なでした。
「結婚やめてもいいのよ?」
「できるわけないじゃん」
「あなたの持っていた貴重品とか通帳とか全部この中に入ってるから、それから私の貯めてた全財産も入れておいた。これで一人で生きていく分には困らないと思うわ」
「何言ってるの?」
「逃げなさい。好きな人がいるんでしょう?なら他人に決められた結婚なんて地獄よ」
 母はバルコニーに接するガラス戸の前に立った。
「明後日、お父さんは出張で出かけるわ。あなたの車も庭に移動させておく。その時がチャンスよ。遠くに逃げて自由に生きなさい」
「でも、そんな急に」
「知ってるのよ、あなたが何度も死のうとしていたこと、そんなの見てられないわ」
「……」
 両親の望みに応えるため、女は自分の気持ちを押さえつけた。だがどんなに期待に答えても満たされることはなかった。手首についた無数の傷がその証だ。

 自分の本来したいことを押さえつける。結果、してはいけない、持ってはならない、といった自分の対する戒めばかりが育っていった。生きている実感というものを奪う行為だった。死がそれを満たしてくれるとは思っていた。だがそれは違うようだった。
「私、行くね」
「ええ」
「ありがとう」
 女は決意を固め、バッグから携帯を取り出した。非通知の着信はきっかり5分刻みに入っていた。