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【殺人鬼と三角関係】第2話 忌々しい故郷

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まだ太陽も昇りきらぬ早朝、実典は鉛のような眠りから目覚め体を起こした。ベッドから身を起こすとがっくりとうなだれる。泥のような睡魔が体を支配していた。傍らに置いたスマートフォンを確認すると時刻はまだ5時半だった。仕事を辞めてもなお規則正しい社会人生活は抜け切らない。実典はベッドから出ると、パジャマ姿のままリビングへと向かった。

  殺人鬼であるエドワードと共同生活を始めてから数日がたった。その間二人はぎこちない他人同士の関係を続けていた。生活そのものには慣れたような気もするが、やはり他人同士がいきなり仲良くなるというのは難しい。実典はあの殺人鬼にたいしてどうやって接すればいいのか分かりかねていた。それに身の安全が保証されているといっても相手は殺人鬼だ。蛇のように鋭い視線、相手を平伏す精神的な圧力、威圧感。簡単に慣れるものではない。現に実典はここ数日うまく寝つけていない。質の悪い睡眠によって疲労が蓄積していた。かといって昼寝ができるほど生活も乱れていない。一度起きてしまえば夜になるまでなかなか寝付くこともできなかった。
 重厚な扉を開けリビングに入るとすでにエドワードが新聞を読んでいた。広々とした部屋にはテレビから流れる静かな喧騒だけが響いている。新聞は天国からの使者である鈴木が社会勉強のためにと契約してくれたものだ。
「おはようございます」
 実典は部屋に入るとエドワードの向かいに座った。
「おはよう」
 エドワードは一度実典を見ると穏やかに挨拶をした。こころなしかその声は優しい。やっとだ。数日たってやっと挨拶が気軽に交わせるようになった。最初のころは挨拶をすることすらものすごい勇気が必要だった。自分から挨拶ができるというのは大きな進歩だ。
「マスター」
 実典がびくりと身を震わせると目の前には紅茶の注がれたティーカップがあった。
「あ……」
 思わずエドワードを見上げる。
「紅茶は嫌いだったか?」
「い、いいえ。好きです。いただきます」
 ティーカップを手に取ると香ばしい香りが感じられた。温度の熱いカップの液体を口の中に含むと柔らかな味わいが口いっぱいに広がる。泥のような眠気で覆われた頭の中が穏やかに冴えていく気がした。
「ありがとうございます」
 エドワードは足を組んで新聞を眺めたまま、穏やかな笑みを見せた。最初のころと比べると大分態度が柔らかになった気がする。
「そういえば新聞読めるんですね」
 実典はエドワードが見つめている新聞を見た。びっしりと活字で埋め尽くされた日本語の新聞。エドワードはどうみても外国人だ。立派な筋肉で覆われた頑強且つ巨大な肉体も、彫りが深く濃い顔立ちもどう見ても日本人のものではない。こうして日本語で話せるというのもすこし滑稽だろう。
「地獄ではいくらでも時間があったからな。語学授業以外でも独学で勉強していた。新聞を読むくらいどうってことない。どうだ?俺の言葉は流暢だろう?」
 エドワードはにやりと実典を見つめた。実典は思わずどきりとする。エドワードはラフに打ち解けてくれるが実典はやはり恐怖と人見知りで緊張してしまう。
「は、はい。すごいんですねエドワードさんって」
 エドワードは満足げに微笑んだ。実典はほっとする。今のところ大丈夫だ。自分の会話において間違った選択肢を選んではいない。
「朝ごはん作りますね」
「ああ、頼む」
 実典は立ち上がり、割烹着を着てキッチンに向かった。エドワードは料理に関してはからっきしなので実典が担当していた。出されたものに対して文句を全く言わないので楽だった。食パンにバターを塗りチーズを載せてオーブンで焼く。フライパンでベーコンと卵を焼き別皿に乗せる。オーブンで焼いたパンと一緒にテーブルに持っていった。
 エドワードはパンの上にカリカリに焼けたベーコンを乗せて口に運んだ。
「マスターが作る料理は美味いから好きだ」
「ただ焼いただけですよ」
 実典は苦笑しながら言った。
「いや、焼くだけでも性格が反映される。マスターの料理は繊細だ。そこがいい」
「褒めても何も出ませんよ」
 エドワードはニヤリと笑った。その笑みにどういった意図が込められているのか、実典はまだつかみきれていない。
「俺は仕事を探そうと思う」
「そうなんですか」
「ああ、鈴木と交渉しながら進めているところだ。俺が動けばどうしても目立つからな。だが働いていないとどうもすっきりしないんだ」
「あなたのしたいようにするべきだと思います」
 実典は穏やかに言った。
「お前はどうするんだ?仕事を辞めたばかりだろう?」
「しばらくはこのままでいようかと思います。生活も大きく変わりましたし家のこともありますから」
「金は大丈夫なのか?補助金があるといってもそれだけではこの先不安だろう」
 実典は無意識に眉を潜める。少し小癪なことを言うな、と実典は思った。
「当分は大丈夫です。貯金もありますし、副業で自動的に入ってくる分もあります。雇用保険もありますし問題はありません」
「そうか」
 エドワードはそれ以上突っ込まなかった。
「今日、時間あるか?」
「今日ですか?」
「町を見て歩きたい」
「町をですか?」
 虚を疲れたような気分だ。町をエドワードとともに散歩する自分を想像した。おそらく実典が正体不明の外国人と生活していることは噂になっている。だが、毒を食った状態で皿だけ残してもしょうがない。
「良いですよ。私が町を案内します」
「感謝する」
 エドワードはティーポットを手に取り、カップにお茶を注ぐ。そしてストロベリージャムのフタを開け、スプーンで紅茶に混ぜた。

 実典は外出用の服に着替え、化粧を済ませてから玄関に向かった。服はワインレッドのスカートに黒のブラウス、体の線にぴったりと合う黒のコート。コートは薄っすらと線の模様が入っていた。髪には金色のクローバーの飾りをつけている。
 玄関にはすでに準備を整えたエドワードが立っていた。先日買った6万の洋服を身に着けている。シックでありながらも高級感のあるその出で立ちはエージェントか何かのようだと思った。
「その髪飾り、よく似合ってるじゃないか」
 エドワードは笑った。
「あ、ありがとうございます」
「それでは行こうか」
 エドワードは言った。これではまるでデートのようだな、と実典は思った。近所の人たちからあらぬ誤解を受けなければ良いが……。

 二人は並んで歩きながら町を回った。東京都内といっても郊外はまだまだ寂れた場所も多く木々に囲まれた豊かな自然道も多かった。そしてそういった地元の道路は人も少なく思ったよりは目立つこともなかった。川の通る自然豊かな歩道を人の目を気にすることなく二人で歩くことができた。
「とくに面白いものもありませんね、駅前のほうにいきましょうか」
「いや、構わない」
「そうですか」
「……」
 無言。会話がなくなった。実典は何を話せばいいかわからない。川のせせらぎに虫の声、そして木々の葉っぱが擦れる音のなかで時折鳥の鳴き声が聞こえるだけだった。歩道を歩いていると今はほとんど使われていない廃アパートの前を通り過ぎた。実典が子供のころはまだこのアパートにも人が住んでいたような気がする。今では無人の幽霊屋敷のようだ。外装は風化して塗装ははげそれは異様な不気味さを持っていた。こんな田舎道にぽつんとあるだけなので土地の買い手もないのだろう。そもそも実典はこの土地に対してあまり良い思い出を持っていない。

 会話もなく淡々と散歩を続けていると、実典はそうだ!と心の中でひらめいた。
「エドワードさん、この川の名前の由来って知ってますか?」
「いや知らない」
 当たり前だ。
「この川って玉手川って言うんですよ。江戸時代に兄弟が作ったものでね」
「そうなのか」
「このあたりって昔、水源がなくて、水を確保するために川を掘ったんです。だからこの川の名前はその兄弟の苗字の玉手からとってきているんです……」
 そこで実典ははっと気付く。どう考えてもこんな話は面白くない。知識もつたなく落ちもないつまらない話。完全に失敗だ。こんなつまらない話をされてしかも知識も適当でさぞや退屈していることだろう。実典は恐る恐るエドワードに視線を移した。
「その話、詳しく聞かせてくれ」
 意外にもエドワードは興味ありげにこちらを見ていた。瞳からは鋭さが消え、話に対しての興味だけがその目に宿っている。

「あ、はい。それでその兄弟は……」
 実典は少ない知識を絞って精一杯歴史の授業を続けた。つたなく面白みのない退屈な話を。

 二人は歩いているうちに小学校の前を通りがかった。自然豊かな歩道も終わり、正面には広い車道が続いている。車の通りも激しく清浄な空気は排気ガスを含んだ不快な空気に変わった。景色もどことなく灰色になった気がする。
「学校か」
「あ、はい」
 エドワードは小学校の前で立ち止まった。
「エドワードさん、小学校の前で立ち止まると不審がられますので行きましょう」
 実典は逃げるように立ち去ろうとする。
「お前もここに通って勉強していたのか?」
 だがエドワードは動かず、灰色の校舎を見上げていた。
「ええ、まあ。でも学力レベルは都内でも低いほうでしたからこれといって良い思い出はありません」
 実典はエドワードに振り返り、言った。
「もう行きませんか?」
 実典は少し忌々しそうだった。エドワードは何も言わず実典の後を続いた。

 二人は喫茶店に入り一息ついた。店内はアンティークとは程遠い外見だった。ソファーにはところどころ穴が開き、壁は黄ばみ床も傷跡が目立っている。だが他に休める場所がないので仕方なくこの店を選んだ。喫茶店内の客は一様にエドワードを見た。巨大な体躯の外国人など嫌でも目立つものだ。そんな好奇の視線にも実典は慣れ始めていた。エドワードに至っては最初から意に介しもしない。
「この町は静かだな」
「そうですね。都会の外側ですから。寂れた町ですよ。何もないしつまらないものです」
 実典は赤い液体で満たされたティーカップを手に取り、静かに口をつける。ローズヒップの独特な味と香りが口内を満たした。
「マスター、俺は思ったんだが……」
 エドワードが口を開きかけたその時、喫茶店の扉につけられたベルがからんころんと鳴り、男の笑い声と共に客が店内に入ってきた。実典は横目でそれを睨むと、静かに立ち上がった。
「そろそろ行きましょう?」
 その声には焦りのようなものが含まれていた。言葉は穏やかだが目が笑っていない。
「ああ……」
 エドワードがそう答えたとき、先ほどの客の一人がこちらを見つけ大きな口を歪にゆがめた。
「あれ?実典じゃん?」
 店内に響き渡るような大きな声でそう言った。
 客の年代は30代前半といったところだろうか。表情からは幼さが完全に失われ、大人特有の老獪さがにじみ出ていた。髪は何度も脱色したせいか色褪せており、激しく痛んでいる。目つきはつりあがっており真面目さよりも気性の荒さが表れている。
 ちっ、と実典は小さく舌を鳴らした。それはそばにいても分からないほど小さい舌打ちだったが、その唇には忌々しさが見て取れた。実典は軽く唇を噛み忌々しげに客を見る。
「俺だよ覚えてる?同じクラスだった高橋だよ!奇遇じゃん、ここで何してんの」
 実典はその目に隠すことなく敵意を宿し高橋を睨んだ。
「お前今何やってんの?お前コミュ障だからまともな仕事もつけねーだろ、どうせまた回りから嫌われてんじゃねーの?ガキんときみたいに」
「……」
「常識もない、顔も不細工、頭も悪い、そんなお前を好きになる奴なんているわけねーよな、マジ笑えるわ」
 高橋は一方的にそう言うと大きく口を開き笑っていた。
「おいおい、高橋何やってんの?何、この女」
 続いて身長の高い男が会話に混ざる。実際のところそれは会話にもなっていなかったが。
「お前の知り合い?」
「ああ、こいつ小学校のときの同級生。昔からバカで嫌われてたんだわ、どうせ今もニートやってんだろ?」
 高橋は身を屈めて実典の目を覗き込んだ。そしてその肩に手を伸ばした。
 実典はその手を弾き、悪意の潜んだ目で睨んだ。
「さわんなよクズ野朗。お前みたいな育ちの悪い貧乏人を知り合いにした覚えはないね」
 その目は冷ややかに、口元には悪意を込めた笑みで実典は言った。言葉は淡々としており感情は乗っていなかったがそれは高橋を激情させるに十分な言葉だった。
「何だよその目、実典ごときが何言ってんの?教えてもらわないと自分の立場も分からない?」
 高橋は無表情で、怒りだけを目に潜め静かに言った。
 双方怒鳴り合うような子供ではない。その静かな会話がどれほど修羅を帯びたものなのかは想像に容易い。そして実典は圧倒的に不利だった。人数においても力においても、そして最も負けていたのは気の強さだ。修羅場において声の大きさと気性の荒さは圧倒的な力を持つ。その二つとも彼女には欠けていた。
「何とか言ってみろよブス!!」
 高橋の手が再び実典の肩に伸びた。殴る気はない。脅すだけだ。だからこそ面倒だ。暴力に訴えれば第三者も動くが、現状では成人した男女がにらみ合っているだけで事件性が薄い。周囲の客や店員は何もなかったかのように動いていた。一人の男を除いては。
「ミノリに触るな」
 エドワードはいつの間にか立ち上がり、速やかに高橋の手をつかんだ。高橋は咄嗟に手を引っ込めようとするがびくともしなかった。腕が強く握り締められ空に固定されている。目の前には長身で巨体の外国人男性。外から見て実典とエドワードの間にはどう見ても距離感があり他人でしかなかった。ちょっかいをかけたところで入り込むような間柄には見えなかった。だから油断した。外国人など恐怖の対象ではなかったし臆することもない。その結果、強い力で腕を固定され形成を逆転させられてしまった。だが、まだ終わっていない。
「なんですか?赤の他人が入り込まないでください。警察を呼びますよ?」
 高橋は極めて冷静に言った。世渡りには自信がある。相手がどんな人物でも負ける気はない。
「他人ではない。この人は俺の恩人だ。この人を守るためなら俺はどんな手段にも応じる」
 エドワードは感情もなくそう言った。表情は無表情で怒りも喜びもない。ただ、淡々とそう言った。そして実典はふっと顔をあげその光景を見た。目からは憎悪も悪意も消えていた。少女のように戸惑った顔でその言葉を聞いていた。
「……もう行こう」
 高橋は言った。エドワードが手を離すと高橋たちは立ち去っていった。出入り口のベルがからころと音を立てて再び店内に静寂が戻った。
 実典は再び視線を落とした。恥ずかしかった。自分の思慮のなさのせいで出会って間もないエドワードにあそこまで言わせてしまった。力もないのに喧嘩を買い、相手を挑発し、そして他人の手を煩わせてしまった。最低だ。いい年して何をやっているんだ、自分は。
「ごめんなさい」
「いや構わない」
 実典はテーブルに着き、俯いた。
「今言ったことは全てが嘘というわけではない。お前は俺の恩人だからな」
「……」
「それに折角一緒に生活しているんだ。お互いのことを少しずつ知ってもいいと思う。そうすることでお前も少しは気が楽になるだろう?」
「……そうですね」
 実典は疲れたような笑みを浮かべた。
「そういえばさっき…」
 そして言葉を続けた。
「私のこと名前で呼んでいましたよね」
「あ、ああ。嫌だったか?」
「いいえ、エドワードさんが呼びやすいのであればそれでいいと思います」
「ありがとう、俺のこともエドワードでいい」
「わ、わかりました。え…エドワード……さん」
 エドワードは思わず笑ってしまった。この調子では名前で呼ぶのはかなり時間がかかりそうだ。
 だが、少し近づけたような気がした。職場の同僚のようなビジネスライクな関係から近所にいる知り合い程度にはなれただろうか。少しずつ埋めていければいい。この国は平和で満たされているのだから。穏やかな時間の中でエドワードはそう思った。