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【殺人鬼と三角関係】第5話 傷心の休日、苦痛の団欒

日曜日の朝、ほんの少しだけ早く目覚めたケヴィンは布団から起きていち早くリビングに向かった。
「ミノリさん起きてる?」
 ドアを開け、目的の女性を探すも部屋には誰もいなかった。ケヴィンはとくに何も考えず戸棚の引き出しを開けた。そこには実典が撮影した写真がしまいこまれている。写真は貴重品というよりもジャンク扱いとして放り込まれており輪ゴムで雑に止められている。ケヴィンは写真の束を取り出して一枚一枚眺めると数少ない実典が映った写真で手を止めた。

 「やっぱり可愛いよね」
 ケヴィンは無意識に呟いていた。ケヴィンが実典家にやってきてはや1ヶ月が過ぎた。若くて温和で包容力のある理想の女性との共同生活。まるで夢のようだった。ケヴィンは他の写真を引き出しにしまい実典の写真を自分の物にした。
「セックスしてえなあ」
 ケヴィンはボソリと言った。
「もう少し一緒にいればいつかはさせてくれるかな……」
 写真を眺めながらケヴィンは呟いた。ケヴィンの毎晩の悩みはそれだった。実典は優しい。穏やかで本気で怒ることは滅多にないしケヴィンのことも可愛がってくれている。だが愛情というよりも恋愛的な感情が感じられないのだ。例えるならば犬とか猫を可愛がっているような感じで男と女のような貪るような愛がない。いや、ケヴィンはその点に関しては経験がないので想像がつかないが深夜のドラマや映画で描かれる男女愛はどれも動物的だ。最初は惹かれるだけそして飢えたようなキス、そして互いの肉体を獣のように貪り合う。それが正しい男女交際だ。将来結婚を約束している身としては今のままではいけない。ケヴィンはずっと悶々とした日々を過ごしていた。
「……」
「はっ!」
 ケヴィンは驚いて立ち上がった。いつの間にかエドワードが居た。エドワードは感情を宿さない気迫のある目線で気配もなくケヴィンの背後に立っていた。
 ケヴィンは無言のまま沈黙する。今の独り言を聞かれてないだろうか。ケヴィンの背筋を冷たいものが走った。しばしの間を置いてエドワードが口を開いた。
「やはりそういうことだったんだな」
「……?」
「お前が欲していたのはあの女の肉体であって真剣な関係ではないんだろ?」
 エドワードはヤカンをコンロにかけお湯を沸かしながら言った。
「ち、違う!」
「俺が何も知らないとでも思っているのか?」
 エドワードは振り返りケヴィンをこれ以上ないほど険しく気迫のある目で睨んだ。
「お前がズボンのポケットに隠した写真も含めてな」
「……何が欲しいんだよ」
 ケヴィンは察した。本当にこいつは忌々しい男だ。格闘家のような強靭な筋肉に強面の顔も気にくわないし鋭い観察眼も鬱陶しい。
「その写真を俺に寄越すなら今の言葉を忘れてやってもいい」
「はぁ?お前も結局俺と同じかよ。お前も女の肉体が欲しいだけでしょ?」
 ケヴィンは光のない目でエドワードを睨み返すと悪意を込めて言った。
「俺はお前とは違う。どうなんだ?取引に応じるのか」
「……わかったよ。ただし渡すのは後だ。コピーを取ってから渡しますよ」
 エドワードは無言でコンロに向き合うとティーポットに茶葉を入れ熱い湯を入れた。厳つい見た目の癖して意外と淑女のような嗜みを持つんだな、とケヴィンはその光景を見ていた。
 すると眠たい目を擦りながら実典がリビングに入ってきた。
「おはよう」
 実典は一瞬、珍しいものでも見るように二人を見るとすぐに何事もなかったのようにケヴィンの隣に座った。たった1つしかないふかふかの座布団はこの席だけに置いてあり実典はその座布団目当てに席を選ぶ。そのことをケヴィンは知っていた。
 エドワードは無言でティーポットの紅茶をカップに注ぎ実典の前に置いた。
「ありがとうございます。エドワードさんは優しいんですね」
 実典は優しく微笑んだ。
「ふん」
 エドワードは見向きもせず新聞を取りに玄関へ向かった。
「……あの野郎」
 ケヴィンは聞こえないほど小さく呟いた。
「今日はテレビを見てないんですね。珍しい」
 実典はテレビのリモコンをつけると早速録画した番組のチェックをしていた。
「あら?珍しい番組が録画してありますね」
 その台詞を聞いた瞬間、ケヴィンの身が硬直した。
「エマニエル夫人?映画みたいね」
 ケヴィンの額に汗が浮かぶ。それはケヴィンが録画してこっそり消すはずだった深夜映画だ。深夜にテレビを見ていた時、丁度よく見つけ急いで録画ボタンを押した。漂うエロティックな香りをプロローグから感じ取ったのだ。しかしうっかり消し忘れて今に至る。そして最も見られたくない人物に発見されてしまった。くそ、あの野郎なんで今日に限ってテレビを見ないんだよ。あいつが先だったら気を回してすぐに消してくれてたのに。ケヴィンは心の中で毒突いた。
「エマニエル夫人なんて随分懐かしい映画よね。かなり古いんじゃない?今はもうほとんど見ないよね。多分エドワードさんが録画したのかな。消しちゃうと悪いからこのまま取っておきましょうか」
(よっしゃあああ!)
 ケヴィンは心の中でガッツポーズをした。
「後で私もみよっと」
「え?」
 実典はチャンネルをニュースに戻した。そうしていると新聞を手にエドワードがリビングに戻ってきた。新聞を開いて経済欄から目を通していく。
「エドワードさん、私ね。都会で就職しようと思うの」
 エドワードは眉を顰めた。ぴんと張り詰めた緊張感がリビングに漂う。
「都心にある会社でね誘いを受けてて、服飾雑誌のデザイン関係なんだって。私のセンスを買ってくれて是非働いて見ないかって……」
「すごいじゃないですか」
 ケヴィンが言った。
「もちろん面接とか試験があるからまだわからないけど、女性でもプロジェクトマネージャーになる可能性もあるって。前の職場とは違って出世もできるし給料もいいし。ちょっと帰りは遅くなるかもしれないけど」
 実典はもじもじと話す。
「バカバカしい」
 エドワードは鼻で笑った。
「ちょっと、なんてこと言うんですか」
 実典というよりケヴィンが黙っていなかった。怒りを込めた表情でエドワードを睨む。
「俺は反対だ。女が出世のために仕事するのはな。この付近にだって仕事はいくらでもある。女がわざわざ都会に行って仕事をする必要はない。どうせ男からちやほやされて堕落するだけだ。良い様に利用されて無駄に傷ついて捨てられる。それに夜遅くなればそれだけ危険も高まる」
「そんな極端な……」
 実典は苦笑する。
「僕は賛成です。だってミノリさんにとってチャンスでもあるじゃないですか。ミノリさんはすごい人です。それをあなたは理解していない。僕はミノリさんを信じています」
 ケヴィンは気高く言い切った。
「ケヴィンくんはいいこでちゅねー、社会に出てもやっていけまちゅねー」
 実典は冗談交じりにケヴィンの頭を両手でなでなでと撫でた。ケヴィンは顔をほんのりと赤らめ嬉しそうに目を細めた。
「お前は黙ってろ。大事な話だ。だいたい男の癖にお前は無職だろ。文字の読み書きも未だにできないしただの居候と何が違うんだ?」
 ケヴィンは言葉を失い顔を逸らす。
「エドワードさんやめて。ケヴィンくんにはケヴィンくんのペースがあるの。ただでさえ彼は言葉も環境も違う日本で戸惑ってる。口にしないで我慢してるけど彼は彼なりに馴染もうと周りに合わせようと今までの考えや常識も我慢して気を使って必死になってる。私は彼に紳士としての立ち振る舞いや礼儀を教えてあげたい。人前に出ても他者を思いやりと気品を持って接することのできる男性になって欲しいの。あなたは確かに最初からそれを持ってるようだけどそういうのは人それぞれ違うものよ。最初から恵まれた環境で高度な教育を受け何不自由なく暮らしてきた裕福な人間が立場も育った環境も違う人間を居候だの愚かだの貶める権利なんてないわ」
 実典はエドワードの金の瞳をまっすぐ見据えて言った。
「……ふん」
 エドワードは何も言わず黙り込んだ。実典の言うことがナイフのように自分の胸を抉ったからだ。その言葉は正確にエドワードの心を抉り深く食い込んだ。実典はエドワードの事もケヴィンの事もよく見ている。一見大人しいが侮れないタイプだ。
「女は働くとダメになる」
 代わりにエドワードは言った。
「若い女がチャラチャラした都会に出てみろ。頭の軽い顔だけ良い男たちが列を作ってお前の前に並ぶ。最初はお前を持て囃して可愛がり、初めての時だけ優しくしてあとは無碍に扱うようになる。お前を傷つけて雑に扱っていらなくなったらペットを捨てるような感覚でお前を捨てるんだ」
 吐き捨てるようにエドワードは言った。
「私は若くなんてないしそもそもモテないわよ」
 実典は困ったような顔をした。
「お前はのばらのように美しい。都会に出たら男たちが放っておかない。そしてそれを黙って見過ごせるほど俺も我慢強くない」
 ストレートすぎるエドワードの言葉に実典の顔が赤くなった。
「い、いや、だって都会にいけば私より可愛い子はゴロゴロしてるわよ、口説くんだったらそっちを口説くでしょ!だれが好き好んで三十路近い女を口説くのよ。おかしいよ!」
 実典はしどろもどろになりながら反論した。
「いかにも頭空っぽのバカそうな女のことか?ああ言うのは良い。外国人ってだけで寄ってくる。下品で知性もなく中身の薄い一時的にちやほやされて舞い上がってるだけの女だ」
「エドワードさんは考え方が古いんですよ。どこの時代を生きてるんですか?」
「ふん……」
 エドワードは品のある動作で紅茶をすするとケヴィンを見た。
「そういえばここにも女の体目当ての男がいたな」
 エドワードは悪意のある目でケヴィンを見ると口元をニヤリと歪ませ言った。窓の外を見つめていたケヴィンはびくりと身を震わせた。
「お前……」
 憎悪に満ちた空っぽな目でエドワードを睨む。額には冷たい汗が浮かんだ。
「さっき言ってたよな。ミノリとセックスしたいって」
「だ、だれが」
 ケヴィンは上ずった声で反論する。
「お前が。俺はこの耳で聞いた」
(この野郎……)
 ケヴィンは心の中で罵倒した。
「黙っているってことは本心でいいんだな」
「クソッ……」
「どう思う?ミノリ」
 エドワードは問う。実典は何も言わなかった。表情からは何も読み取れない。しばらくして実典は言った。
「なにも」
「何も?」
「興味ない」
 その言葉はケヴィンの心をひどく傷つけた。胸を刺すような痛みがケヴィンの中で沸いた。ばくばくと鈍痛を発しながら鼓動が高まる。
「健全な男子の考えとしか……。それに一時的な気の迷いでしょう。ケヴィンくんはハンサムですしこれから女性が放っておきませんよ。今は私しか頼りになる人がないからこうして懐いてるように見えますがこれから可愛い女の子に囲まれたら私のことなんてただのオバサンとしか思えなくなりますよ」
 実典はケヴィンに向かって優しく微笑んだ。母親のような柔らかな表情。違う。自分が欲しいのはこんな表情じゃない。ケヴィンは唇を噛み締めた。
「だから特別何とも思いません。若い子は特に気持ちの移り変わりが激しいですから。ケヴィンくんはこれから同年代の若くて良識のある女の子と付き合ってそして上手くいけばそれでいい。それがケヴィンがくんにとって一番幸せなんです」
 実典の考え方は徹底していた。精神論に傾いてはいるが極めて現実的で合理的だ。だからこそ、その言葉が深く突き刺さる。彼女の言葉はいつも的をついている。そして悪意を持っていない。冷静な思考、鍛えられた頭脳でその時々において最も優れた答えを出しているだけだ。無垢で穏やかで迷いのない瞳で。エドワードすら彼女に反論する言葉を見失っている。エドワードはケヴィンの心情を察し、内心同情していたが同時にその通りだとも思った。これから2年、3年と共に暮らしていって尚且つ世界の広さをを知って、それでもこの青年が実典を好きだと思い続けられる保証などどこにもない。
「俺だって今は働いている。生活だったら何とかなるしそんな焦って出世を狙わなくても」
 エドワードは必死に言葉を探しながら詰まる声で言った。
「私には将来があります。年齢だってもう若くはない。今のうちにキャリアを取り戻して実績を積み立てなければいけないんです」
 何を言っても無駄だと悟ったのか、エドワードは黙ってお茶を飲み干しカップを空にした。二人とも心にぽっかりと穴が開いていた。
「そういえば話は変わるんですが、エドワードさん映画を録画していましたか?」
「何の話だ?」
 ケヴィンの背中に冷たいものが走った。
「エマニエル夫人って映画が録画されていたのでエドワードさんが録画したのかなって……」
 エドワードは険しい表情で眉間にしわを寄せ額に指を置きしばらく思慮にふけると口を開いた。
「……今の時代からするとかなり古い映画だったか?確か大人を対象とした作品だった記憶があるが…少なくとも家族の団欒で見るものではなかったな……」
「あれ?てっきりエドワードさんだったと思ったんですけど…じゃあ一体誰が……」
 実典はゆっくり視線を移すとケヴィンを見上げた。
「もしかしてケヴィンくん…?」
「えっと、あの……その」
 ケヴィンはしどろもどろになった。
(済まないことしたな、俺が先に確認していればこんなことにはならなかったのに)
 エドワードは心の中で謝罪した。