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【殺人鬼と三角関係】第15話 偽善者たちの言葉

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あの日の事件によって平穏な日々は一変した。
かつて暖かかったものは冷たく変異し、かつて緩急だったその速度は急速に運命の歯車を回した。希望はなく、彼女と向き合う度に絶望を突きつけられる。

 白い光がカーテンの隙間から差し込む静かな寝室にガラスの破裂音が鳴り響いた。一人の女性の身を案じ運ばれたグラスは大きな体躯をした巨大な男に向かって投げつけられた。破裂音と共にガラスは砕かれ、中の液体が殺人鬼にぶちまけられる。殺人鬼エドワードはただ水を被り、静かな目で女を見ていた。

「人助けはいい気分か?そうやって人の振りして人の世話をして罪滅ぼしでもしているつもりかよ?」

女は冷淡にエドワードを見るとそう語った。その目は暗く憎しみが込められただひたすらにエドワードを睨みつけている。

「さぞやいい気分だろうな。今まで殺してきた人間のことも忘れてそうやって幸せな暮らしを送ってさ、壊れた女の介抱をして自分は良い人ですってか?散々人を殺して拷問しておいて良いご身分だよな」

本田実典。今年30歳を迎える見た目少し幼い印象を与えるこの女性。エドワードを含む3人の殺人鬼の保護者として選ばれ、彼らに常識を与え家族のように愛を持って接してくれたかけがえのない存在。

かつては優しかった彼女は、今は何一つ口にしようとしない。日がな一日何もせず、淡々と時間だけが過ぎていた。実典はただベッドで布団を被って焦点の合わない瞳で空間を見つめる。そんな日々が何日も過ぎていた。いつの間にか年は開け、新年を迎えていた。

「一口でもいいから、何か口にしたほうが良い」

エドワードは床に落ちたガラス片を拾いながら言った。

「ふざけるな!!殺人鬼が運んできた食事なんか口にできるかよ!!気持ち悪い!さっさと出て行け!目障りなんだよ!!」

実典は胸の奥から湧き出た毒を吐くと布団の中に篭ってしまった。目もあわせようとしない。

「俺は……」

エドワードは少しだけ寂しげに実典を見つめた。水を被り服を濡らしたままその場に立ち尽くす。

「俺はお前に何を言われてもお前を信じている。この数ヶ月間、お前が俺たちにしてくれたこと、教えてくれたこと、俺たちを大事にしてくれたことは変わらない。お前が思いやりに満ちた優しい人だということを良く知っている。俺たちをいつも気遣って冗談を言って笑わせてくれた。俺たちはそんなお前のことが」

「なぁ、殺人鬼。人間の振りは楽しいか?」

エドワードの言葉を遮って本田は口を開いた。

「私は知ってるぜ。お前が過去に何をしてきたか。あの悪魔に教えてもらったぜ。この身をもってしてな。すげえじゃん。お前。巨大な土地の所有者だったんだろ?大きな工場を持ってさ。そこでさ何人も殺したんだろ?拷問して、惨殺して、大量虐殺してさ」

エドワードは言葉に詰まった。

「そうやって人の振りして人に優しい人間を演じることで”私は良い人です”ってか!?笑わせるよ。そうやって人のこと見下して笑ってるんだろ。分かってるんだよ。最初から金にも地位にも女にも才能にも恵まれたお前にとってさぞや滑稽だったろうな?無職の三十路近い独身女なんかさ」

実典はエドワードの襟を掴み引き寄せた。いびつな笑みを浮かべて言葉を続けた。

「知らなかったよ、お前が組織の頂点に立つ者だったなんてさ?その上、美しい女まで妻にしてさ。さぞや滑稽だっただろうな?こんな底辺の家にあてがわれてさ。自分の正妻よりも遥かに劣る私のような底辺女にかくまわれてさ。心の底ではさげすんでたんだろ?いい年して独身で、男からも相手にされない。無職で社会の厳しさに負けて親の金で暮らす哀れな女だってさ!本当にバカだよ私は。こんな男を内心、信頼してたんだ!自分が見くびられてることにも気付かないで」

「実典。違う。お前はいつも責任感を持っていた。俺たち一人一人の将来を考えていた。他者を誰よりも理解していつも最善の決断を下す優秀な女だ。俺はお前のことを蔑んだことなど一度もない!」

「責任感?理解?お前に何が分かるんだよ。いつも上の立場に立って労働者を始末してきたお前に私の何がわかるって言うんだ?お前も結局ブラック企業の経営者と変わらないだろ。家電や商品のカタログを見るように他人をカタログスペックで判断して使えないと思ったら物を捨てるように処分するんだ。それがお前のやり方だったじゃないか。お前に何がわかるって言うんだよ。お前にとって私は壊れた出来損ないのガラクタだ。そんなお前が女の価値を語るって?笑わせんなよ」

「……」

これ以上何か言ったところで信頼を得ることができるわけがなかった。目の前の女にとってそれほど自分は忌避する存在であり、同時に誰よりも殺人鬼のことを理解していた。だからこそ彼の嘘はすべて見抜かれてしまう。これ以上何を言っても無駄だと思った。

「出て行けよ」

実典は言った。エドワードは諦め、散らばった破片を回収する。

「俺たちはいつでもリビングにいるから、何かあったらすぐに呼べ」

それだけ言うと扉を閉めてリビングに降りた。

 

リビングに戻ると、ケヴィンとウィリアムの二人が席についていた。二人は重い表情で俯き呆然としている。エドワードの姿を確認するとケヴィンが口を開いた。

「ミノリの様子はどうだった?」

エドワードは首を振る。

「あの日から何も変わらない」

「……」

リビングに沈黙が降りた。

「もう少しだったのに……」

ケヴィンはつぶやく。

「もう少しでミノリさんに振り向いて貰えそうだったのに……」

エドワードはケヴィンを見た。この中で最も辛いのは彼かもしれない。あれほどまで慕い、アプローチしてあともう少しというところでそれを奪い去られた。今までひたすらに高めてきた愛情を否応なしにリセットされたのだ。その悔しさは想像にたやすかった。

「僕……ミノリさんと話してくるよ」

「……」

エドワードは止めなかった。自分よりも親しかったケヴィンなら違うかもしれない。その認識がいかに甘いものであったかを、彼は後に知ることになる。


ーコン、コンコン

不規則なノック音がした。その部屋からは何の応答もなかった。

「ミノリ、僕だよ。ケヴィンだよ。入るね」

ケヴィンは可能な限り優しい声で言った。扉を開け、部屋に入る。実典は呆然とベッドに倒れ込んでいた。ケヴィンはベットの傍に跪き実典に問いかける。

「ミノリ……大丈夫?何かあったらさ。僕に言ってよ。力になるから。何か食べたいものとかある?そうだ……ケーキとか好きでしょ?僕、買ってくるよ。ね?何が良い。言ってごらん」

「……おい、キモ野朗」

余りにも冷たい言葉に、ケヴィンの表情が強張った。心臓が悪い意味で高鳴る。

「お前、それ誰の金だと思ってんだよ。私の金で買うのか?それともエドワードの金か?そんなこと言ってる暇があったら働いたらどうだ?」

「……」

ケヴィンは言葉に詰まる。実典はケヴィンにとって一番嫌な言い方をしてくる。

「力になる?無理だろ。お前が。自分のことも自分でできずに他人に利用されたお前がさ。なあ、何人殺したんだよ。言ってみろよ。知らないで済まされんのか?人に言われるがまま何人の人間を缶詰にしたんだよ。いくつかお前も食ったんだよなあ?美味かったか?人間の肉はさ」

「っ……」

ケヴィンは湧き上がる感情を必死で堪えた。自分自身が持つ嫌な記憶、トラウマを理性で押し込める。

「第二の人生を与えられてもお前は働きもしない。のうのうと遊んで食って寝て勉強もしない。お前はとんだクズ男だよな。世間じゃお前みたいなのをヒモって言うんだよ。女に甘えていつまでそんな生活を送るつもりだ?なあケヴィン」

「どう…して」

実典の言うとおりだった。自分は甘えてばかりで何もしない。辛いことから目を背けて生きているだけのクズだ。だけど今まではそれを笑って許して貰えた。そしてそれを許さない実典がここにいる。ケヴィンは堪えきれず涙を流した。

「おい、床が汚れるだろ」

余りにも冷たい実典の声。

「僕は……どんなに酷いことを言われてもミノリのことが好きだ。あなたがしろというならちゃんと働くし……お金だって家に入れる。あなたが頼れる強い男になる」

ケヴィンは辛うじて言った。涙の混じる声で淡々と。実典は笑った。おかしそうにケラケラと乾いたように笑った。

「お前が今なんで泣いてるのか当ててやろうか?」

実典はおかしそうにと口を開く。

「お前は女とヤりたいんだろ。お前はいつだってそうだ。盛りの付いた男子高校生と同じだ。頭の中では女とヤることばかり考えてる。お前がいつもそう言う目で私のことを見てるなんて気付かないとでも思ったか?」

「なっ!!?」

ケヴィンは狼狽した。

「そうやって女に甘えて優しくして貰ってさぞや嬉しかったろうなあ。お前は私に甘えたいだけなんだよ。優しく撫でられて愛でられて愛されたい。そうなんだろ?」

「……っ」

「お前童貞だろ?」

「……」

ケヴィンは目を見開く。黙っていることしかできない。

「私がお前と付き合う?バカいうなよ。お前みたいな女性経験のない奴が私と付き合って上手く行くと本気で思ってるのか?私はお前より年上で美人でもない。お前だって心の中では分かってるんだろ?自分が人よりも美しくて女からチヤホヤされる存在だって」

本田は手を伸ばし、ケヴィンの髪の毛の先に触れた。金の髪がふわりとなびく。

「大して私は惨めな三十路女だ。いつまでも独身で若い女には輝きも美しさも叶いはしない。そんな私がお前と付き合ってお前が満たされるわけがないだろ。枯れた肉体に飽きて他の女に浮気するのが関の山だ。考えてみろよ、お前が30になったら私は40歳に近くなる。その時、お前は思うんだよ。ああなんであんなおばさんが好きだったんだろう、ってな。そんなお前の気まぐれに付き合わされる身にもなってみろよ。良いように遊ばれて飽きたら捨てられるんだ。エドワードが言うみたいにな。顔だけ良い男の気まぐれに振り回されるんだよ。捨てられた人間の気持ちをお前は考えたことがあるか!?若い男に言い寄られていい気になったツケがこのザマだ!笑えよ!蔑めよ!」

「そ、そんなことないです!10年経ったって、20年経ったって僕の気持ちは変わらない。本気で実典さんのことが好きです!なんなら今すぐ結婚したっていい!僕の気持ちは嘘じゃない!」

「ふざけんな!」

本田は身を起こすとケヴィンに向き直り怒鳴った。

「そんな言葉信じられるか!どうせお前だって同じだ!価値もない、性格も悪い、見た目も悪い私を好きになってくれるわけがない!私をみろよ!美しいか?ブスだろ!?」

ブスだって?ケヴィンは怒りで震えた。この女を引っ叩きたい。殺したいとは思わない。平手打ちしてその目を覚ましてやりたい。

「あなた美人だ!綺麗だ!何でそんなことを言うんですか!?」

ケヴィンは怒りを必死に抑えて叫んだ。

「白々しいんだよ!お前のその言葉が!それで口説いてるつもりか!?今時サルでももっとましな言葉を言うぞ!!私みたいなクズを誰が相手にするって言うんだよ!?ゴミか!?クズか!?殺人鬼にも捨てられるような女を誰が好きになるって!?言ってみろよケヴィン!!」

「あなたは……!何でそんなことを!!」

ケヴィンの怒りが頂点に達し、腕が思わず上がった。手のひらが振り下ろされようとした瞬間、何者かによって腕が掴まれた。

「止めろ。ケヴィン」

エドワードは静かに言った。

「離せよ!何でお前が来るんだよ!」

「すごい声がしてな。下にまで響いてたぜ」

「一回叩かれなきゃわかんないんだよ!そうやってお前が甘やかしてるからこいつは!!」

実典は感情のない目で二人を見つめていたがやがて口を開いた。

「叩けばいいさ、それで気がする無ならな。いつもそうやって来たんだろ。自分より弱い奴を殺して拷問して殺してそうやって魂をかき集めてたんだろ。今回も同じようにすればいいさ」

「お前!!」

ケヴィンの腕に力が込められた瞬間、何者かによってケヴィンの体が弾かれた。

「ウィリアム……」

いつの間にかウィリアムがそこにいた。ケヴィンの体を弾き飛ばしてそこに立ち尽くしている。

「ミノリに乱暴しないで……」

ウィリアムは俯きがちにそう答えた。そうだ、自分は何をしていたんだろう。感情的になって、心に傷を抱えた人間に暴力を振りそうになった。最低だ。

「ごめん。ごめん……ミノリ」

実典は答えなかった。

 

夜。日が落ちて数時間が立ち、時刻はとっくに深夜を迎えていた。エドワードはリビングで椅子に腰掛けたまま電気も付けずそこにいた。これからどうすればいい。策は一向に浮かばなかった。管理者である天使に事が知られるのもそう遅くはないだろう。あいつらはいつも安全な場所から人間が右往左往するのを楽しんでみている。退屈だと思った瞬間、排除にかかってくる。その時はもう遠くない。

「くそっ」

エドワードはテーブルを叩くと手を組み額を当てた。

「エドワード……まだ起きてたの?」

「……」

ケヴィンがリビングの扉を開け、エドワードを見た。高い位置から見下すように、蔑むように。いや、それは錯覚だろう。嫌な考えばかりが頭を支配する。

「これからどうするつもり?」

「そんなこと知るか」

「天使に報告する?」

がケヴィンは問うが頷けなかった。もし天使に頼れば実典と離されてしまう。そして別の保護者に預けられるのだ。自分たちはいいかもしれない。だが、そしたら?実典はどうなる?

「天使には言わない」

「そう」

じゃあどうするの?とケヴィンは言いたげだった。

「ケヴィン、あれ。作れるだろ?」

「……何を?」

白々しい。答えまでこいつは言わせるつもりか。

「魔女の薬だ」

「……できるよ」

ケヴィンは淡々と答えた。その目には珍しく感情が乗ってなかった。

「実典の記憶を消す。そうすれば元に戻る」

「実典にかけられた魔術は、追憶の夢魔術だ。他者の体験を別の人間の体で再現する魔術。悪魔たちは僕たちの犠牲になった人たちの記憶を実典の体で再現したんだ。実典は眠っている間、ずっと犠牲者たちの拷問を夢の中で体験していたんだよ。現実典とは違う時間の感覚で、何時間も何日も夢の中で。僕たちに殺されていたんだ」

「言うな!!」

エドワードは声を荒げた。

「実典を元に戻すには記憶を消すしかない。でも魔女の薬っていうのは万能じゃないんだ。記憶からトラウマだけを消せるほど都合のいいものじゃない。もし彼女から記憶を消そうとすれば、トラウマに付随する僕たちの記憶も消える。出会う前の何も知らない状態に戻るんだ。今までの思い出がすべてなかったことになってしまう」

「……」

「それにこれはすごく罪深い行為だよ。他人の記憶を捻じ曲げて都合のいい事実典だけ与えて都合のいい関係を築こうとするんだから」

「構わない。薬を作ってくれ」

エドワードは引き裂かれる思いで言った。

「もしものときのために、空いている部屋を一つ魔術用に整理したんだ……。一日あれば薬は用意できる。でも、本当にいいのかい」

「責任は俺が取る」

エドワードは言った。