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【殺人鬼と三角関係】第18話 儀式の失敗

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日は登り朝を迎えた。そして何時間か経ち、時刻は既に昼過ぎ迎えていた。ケヴィンは実典の手を握り、必死に祈り続けていた。一向に目を覚まさない。呪術はもう終わっている。なのに目覚めない。心身へのダメージがあまりにも深いのだ。このままでは廃人になってしまう。あんなことをするべきではなかった。ケヴィンの心は焦りと罪悪感に苛まれた。

「入るぞ」
扉がノックされエドワードの声が聞こえた。扉がぎいと音を立てて開き、エドワードが足音を立てて入ってくる。

「ケヴィン?お前、ここで何やっている?」
ケヴィンは暗い瞳でエドワードに振り返った。エドワードは訝しげにケヴィンを見るとケヴィンに詰め寄った。
「吐け。何をしたんだ」
声に感情はなかったがその目は怒りで染まっていた。
「この前と同じ呪術を実典に使ったんだ」
「ふざけるな!!実典を殺す気か!!?」

エドワードはケヴィンの胸倉を掴み怒鳴った。

「取り戻せると思ったんだ!もう一度ミノリに抱きしめて欲しかったんだ!ミノリに僕のすべてを知った上で愛して欲しかった!」

「なんだと……?」

あまりにも自分勝手な返答にエドワードの瞳が氷点下まで冷めていく。その目には怒りよりも殺意の方が強かった。

「実典の前でなければお前を殺しているところだ」

「……」

 だがやらない。それをして一番傷つくのは実典であることを知っていた。エドワードが人を殺せば実典は酷く自分を軽蔑するだろう。例えそれが悪魔であってもだ。

 二人の大声が響いたのか、ベッドからうめき声が聞こえた。二人は思わずベッドを見る。そして、ベッドで寝込んでいた実典の目がゆっくりと開いた。

「ミノリ!!」

 ケヴィンが思わずその顔を覗き込む。そしてケヴィンの表情は一瞬で絶望に変わった。ミノリの顔には生気はなく、完全に正気を失っていた。唇は引き攣り目を見開きかすかに痙攣している。

「……っ」

 言葉を失うケヴィン。身動きが取れなかった。エドワードの殺意は更に強まり冷酷にケヴィンを見下ろしている。だが殺せない。苛立ちだけが彼を支配した。

 儀式は失敗した。実典はトラウマに打ち勝つことができず惨殺の記憶に負けてしまったのだ。その結果、正気を失い廃人になってしまった。すべてはケヴィンの責任だ。いや、責任などはない。なぜなら責任は果たせるものだけが背負うことができる。ケヴィンにはもうどうすることもできなかった。記憶を消せばいいとかそういう次元ではない。完全に心が壊れてしまってはどうすることもできない。

 ケヴィンは実典の部屋から出ると自室に引きこもり、布団の中にうずくまった。もう何もしたくない。何も考えたくはなかった。実典がいない世界に何の価値があるのだろうか。彼女はケヴィンにとってのすべてだった。


 半年前。ケヴィンがまだ地獄にいた頃の話。

 地獄で刑期を終えたケヴィンはすることもなくただ呆然としていた。太陽のないマグマの発する光だけが暗闇を照らす静寂な地の底。天井は空虚な闇で覆われており、その場にいるだけで心は空虚になる。しかし刑期を終えたところで自身が犯した記憶は消えない。彼を蝕む罪悪感だけが痛みと化し彼を支配していた。転生を彼は望まなかった。悪魔との契約によって魔と化した体のまま彼は何もしない日々をただすごしていた。そんな彼の前に天使が下りた。

「あなたに連絡です。現世での更生プログラムが組まれました。教育を施した後、現世に送りますのでやる気をもって取り組んでください」

 天使は美しい顔で淡々と告げた。

「更生……」

 ケヴィンは岩場にもたれかかったまま天使の顔も見ずにつぶやいた。

「いりません」

 そう返答する。

「話を最後まで聞きなさい」

 天使は表情を変えず言った。ケヴィンは顔を上げ空ろな目で天使を見る。

「あなたに最も適した運命と性質を持つ保護者が見つかったのです。彼女との将来は運命によって約束されています。あなたは新しい保護者の下で新しい人生を送ることができるでしょう」

「馬鹿げてる」

 ケヴィンは再び俯き、自嘲気味に笑った。

「僕はこのままでかまわない。地獄で永遠に何も考えずに過ごしたいんだ」

 天使は冷ややかにケヴィンを見下ろすと、スーツのポケットから一枚の写真を取り出してケヴィンに差し出した。写真には黒い髪の女性が映っていた。見たことがないタイプだ。漆黒の長い髪、薄く儚い顔立ち。見た目は清楚で男性経験もなさそうに見える。そして何よりも穏やかで優しそうだった。なんとなく安心する。

 写真を見つめていると天使が屈みケヴィンに近寄った。そして耳元でささやく。

「なかなか美人ではありませんか?どうです?ほら、あなたの結婚相手とか……」

 ケヴィンの心臓が大きく高鳴った。

「いや、でも。僕が結婚だなんて……。それに相手の気持ちとかもありますし……」

 ケヴィンはしどろもどろに言った。

「それに殺人者なんて受け入れてくれませんよ」

 ケヴィンは断り文句を言ったがその目は写真に釘付けになっていた。

「おや?この女性では不満でしたか?やはり東洋人女性ではなく西洋人のほうが良かったですかね……。仕方ありません別の女性を探すことにしましょう」

「そんなことはないです!すごく好みです!僕のタイプです!僕にはもったいないくらい!」

 ケヴィンは大きな声で言った。

「それはよかった。それでは決まりですね」

「……でもこんな僕を好きになってくれるのでしょうか。怖いです。やっぱり僕には普通の人の生活なんて……」

「今まで女性に愛されたことも愛したこともないんでしょう?成人すぎてすぐに人殺しにされて、女性を抱くこともできずに殺人鬼になってしまった。キスもできず、女性のやわらかさを感じることもなく、そして何よりも」

 天使は囁くように言う。

「女性から愛されたことがない」

 ケヴィンは優しげな女性が映った写真を穴が開くほど見つめた。この人は自分を愛してくれるのだろうか。

「結婚してみたいでしょう?子供を作ってみたいでしょう?そして何よりも、セックスがしてみたい。あれはいいものですよ?地上で唯一許された人間の快楽。愛情の交換。飢えたようなキス。貪るように互いを愛し合う。童貞のまま死ぬのは嫌でしょう?」

 童貞。その言葉にケヴィンはぴくりと反応した。

「彼女は僕を愛してくれますか?」

「ええ、勿論。私が運命で保証しましょう。彼女はあなたを愛します」

 天使は笑った。そう、笑ったのだ。

「愛されたい。僕は女性から愛されたい。優しくされたい」

 ケヴィンは写真の表面を撫でた。飢えたようなキス、貪るような快楽。未知の経験に顔が綻ぶ。それが決断の決め手だった。

「話は決定ですね。まずは日本語を学習してください。現世の時間で一ヶ月ですが、地獄であればたっぷりと学べます。早く覚えればそれだけホームステイも早まりますよ」

 その後、ケヴィンは必死で聞いたこともない言語を覚え、最低限の常識を頭に叩き込んだ。運転技術も現代の日本に合わせて覚えなおした。すべては彼女のため。そうしてようやくホームステイの資格を得た。


 その結果が、これだ。


 ケヴィンは布団から起き上がると、ふらつきながら私室を出た。そして実典の部屋に続く扉を見る。自然と足取りが部屋に向かっていた。もしかしたら正気を取り戻しているかもしれない。扉を開ける。そこにはウィリアムが跪き、横たわる実典の手を握っていた。

「でね、ケヴィンがね。実典のワイングラスを割っちゃってネ。それを隠しちゃったの」

 ウィリアムは独り言をつぶやいていた。返答のない人型に向かってひたすら独り言をつぶやいている。

「何やってるんだよ。ウィリアム」

「ケヴィン?」

 ウィリアムはケヴィンに振り返る。

「ケヴィンもお話しにキタノ?」

「そんなことをしても無駄だよ」

 ケヴィンはウィリアムの隣に座った。

「心が壊れてしまったんだ」

「コワレル?」

 ウィリアムは不思議そうに問う。

「ムダじゃない」

 ウィリアムは言った。そして実典に向き直る。

「話しかけてモラエないほうが、サビシイ」

 ケヴィンはその言葉に胸が締め付けられそうになった。そうだ、自分は何を考えていたんだ。少し実典が反応しなくなったくらいで、諦めてしまっていた。いつも自分のことばかりだ。

「くそっ」

「ミノリ、はやく元気にナッテね」

 ウィリアムは独り言を続けた。

「ケヴィンがね、ミノリの下着を盗んで自分の部屋に隠してたんだよ」

「おい!変なことを言うなよ!」

 ケヴィンは怒った。

「嘘じゃナイ。じゃあ、ケヴィンがミノリがお風呂に入っているところを魔眼で覗いてたヨ」

「止めろよ!僕のことは言うな!!」

「むーーー」

 ウィリアムとケヴィンのやり取りは夕方まで続いた。


 夕方。日が落ち始めオレンジ色の光が部屋にさした。実典の部屋には誰もいなくなっていた。ケヴィンとウィリアムは一旦リビングに戻ったようだ。静寂が場を包み、布団の擦れる音がした。誰もいない部屋で実典の体が起き上がる。実典はそのまま立ち上がり、クローゼットから服を取り出し着替え直した。実典は光のない目で背後を振り返った。部屋の隅にぽつんと置かれた木製のチェストがあった。チェストに近づき一段目の引き出しを開ける。中には宝石箱があった。宝石箱を開けると青く輝くブローチが収まっていた。実典はそれを取り出すと針を布地に刺して胸に取り付けた。部屋を出て、階段を下り玄関に向かい、靴を履いて外に出た。久しく外の空気を吸っていなかった。冷たさの残る新鮮な空気が肺を満たした。

 ふらふらと、歩く。車が通っては排ガスが巻き起こり不快感を持つ。実典は不快感から逃れるため、自然豊かな遊歩道に歩みを進めた。

 遊歩道。

 川が通り、ふんだんに木々が多い茂っている。川のせせらぎと、木々の葉が擦れる音だけが鳴っていた。周りには人一人いない。静寂だ。実典は孤独な遊歩道を歩いた。この道は、そうだ。来たことがある。あの時は確か、そうだエドワードと一緒だった。二人で歩いたんだ。この道を並んで。

「エドワードは元気にしているの?」

 実典が立ち尽くしていると、背後から声が聞こえた。低い女の声。ゆっくりと振り返ると、金髪の女が立っていた。肌が白く、目が大きくて鼻の高い白人の女。真っ赤な口紅、濃い化粧。赤いドレスを纏い、ただでさえ高い身長がハイヒールによって更に強調される。実典とは正反対の強い女。

「意外だったわ。あなたにアレほどまで拒絶されてもあなたを慕い続けるなんて。随分と仲がいいのねあなた達。普通あそこまで酷いことを言えば嫌われて当然よ」

 この女は、どこかで見たことがある。そう、確か。

「計算外だったわ。彼らの悪行すべてを見せてしまえばあなたたちを切り離すのは簡単だと思ってた。でも違うのね。そうじゃなかった」

 女は実典に歩み寄った。実典の眼前で女が実典を見下す格好になる。

「だから作戦を変えることにしたの。今ここでアンタを殺す」

 刹那、女の腕が振るわれた。実典の後頭部が弾かれその場に倒れこむ。顔が地面に叩きつけられ鈍い痛みが体に走った。実典はその場に寝転がったまま動かなかった。空ろな目で地面を見る。

「ねえ、最後に聞いていいかしら?あなたエドワードと寝たの?」

 実典は視線だけ巡らせ、答えなかった。

「寝るわけないか。こんな地味な女。あの男が満足するわけがない」

 女は実典に近づき、上から見下した。

「ん、これは……?」

 女は実典の胸元を見つめた。コートの隙間から覗く青く美しい宝石。女は跪いてその宝石に触れた。

「ブローチ?」

 上品な動作で針を取ると服から取り外した。そして立ち上がり実典から距離をとる。ハイヒールのコツコツという音が鳴った。

「彼からの贈り物かしら。あの男……こんなキザなことを……」

 ブローチを握る女の手に力が篭った。そして実典に向き直り、ブローチを前方に掲げる。

「あなただけがエドワードに愛されたと思ってる?」

 女は笑う。その手に力が込められる。

「あの人に愛されているのは私だけよ、そうこの私だけ……」

 ブローチがミシミシと音を鳴らした。実典の目が思わず見開く。

「あの人に抱きしめられて自分だけが愛されたとでも思っているのかしら!?あの人が愛しているのは私だけなのよ!!」

 破裂音。女の怒鳴り声と共に、ブローチが粉々に砕かれた。元の姿は見る影もない。実典は目を見開いたままただ呆然と突っ伏す他なかった。

「惨めなものね、すこしチヤホヤされていい気になったのかしら?」

 女は実典の胸倉を掴む。

「死になさい」

 女の手が実典の首を掴む。実典は光のない目で女を見た。

 その瞬間、女の後ろ襟が掴まれ投げ飛ばされた。女の体は川と遊歩道を遮るフェンスにぶつかり跳ねた。

「お前!!お前!ミノリに何をしようとした!!」

 そこには血相を変えたケヴィンがいた。実典の前に立ちふさがり、目を大きく見開き、息を荒げて女を睨みつける。その姿はまるで獣だ。女は薄笑いを浮かべて立ち上がった。そして冷ややかにケヴィンを見た。

「何って、少し遊んでいただけよ?」

「嘘だ」

「どいてくれるかしら、細くて弱そうな男には興味ないのよ」

 女は片手に鞭を出現させると大きく振るった。鞭は金属をつなげて作られており、先端には先のとがった金属が付いていた。それは蛇のようにうねりながらケヴィンに向かう。ケヴィンは手にメイスを出現させた。メイスは出縁型で先端には模様が刻まれている。メイスで鞭を弾き、女に向かって駆けた。弾いても弾いても鞭は何度もうねってケヴィンを襲った。その度にメイスで弾き落とすが波のようにうねってはケヴィンに襲い掛かる。

 ケヴィンの攻撃範囲まで距離をつめメイスを振るった瞬間、女の体が背後に跳ねた。攻撃の際に生まれたケヴィンのわずかな隙を見逃さなかった。鞭が地面を這い、ケヴィンの足に絡みつく。足を取られ思わず倒れそうになる。その体をめがけて、鞭が振り下ろされた。

「ぐはっ!!」

 銀の毒がケヴィンの体に回った。鞭は何度もケヴィンの体を殴打し、骨を砕いていく。銀がケヴィンの魔力を奪い、体を傷つけた。魔力による回復速度が間に合わない。

「アハハハハハ!!!弱い!弱いわ!!フリーの状態で悪魔に勝とうとするなんて愚かね!!」

 女は何度も鞭を振るった。ケヴィンの体が完全に倒れ、鞭で傷つけられる。ケヴィンの悲鳴が上がる。

「……」

 実典は横たわったままただ呆然とその光景を見ていた。

(なんでこの人ここまでするの?)

 痛めつけられるケヴィンをただ呆然と見つめる。鞭は深くケヴィンの体をえぐり肉をそぎ落としていく。服はズタズタに傷つき、血が遊歩道を汚していた。

(この人……このままじゃ死んじゃうかも)

 実典は感情のない目で狂笑する女と痛みにもがくケヴィンを見つめた。

(死んじゃう……ケヴィンが、わたしのために……)

 実典は目を見開いた。瞳が震える。

「だめ……ケヴィン……死なないで!!!」

 実典は起き上がり絶叫した。その声に呼応するようにケヴィンの目が見開く。

 打ち付けられる激痛の中、メイスを地面につきたて立ち上がった。ガキンというメイスの金属音が大きく鳴った。ゆらりと立ち上がり、憎悪に満ちた目で女をにらみつけた。

「……っ、そんな体で何故立ち上がれるの」

 女は思わず後ずさる。鞭をふるってケヴィンの体をえぐるがケヴィンはかまわず女に歩み寄った。何度鞭で打ちつけてもふらり、ふらりと幽霊のように黒い影が女によってくる。

「こないで!こないで!!」

 ケヴィンの目は正気を失っていた。例え魔人と言えどこれほどまで攻撃を受けて無事でいられるわけがない。

「くるな!!!くるな!!」

 なのにこの男は、何度鞭でその身を抉っても一切とまらなかった。暗く険しい顔で淡々と距離をつめてくる。

「ケヴィン!!実典!!!」

 轟くような怒声と共に、男が駆け寄ってきた。

「あの男……」

 女はその姿を確認すると、フェンスを飛び越え川に落ちた。そそしてそのまま走って姿を消してしまった。

 獲物を失ったケヴィンは力を失い、その場に倒れこんでしまった。

「ケヴィン!!」

 実典は思わず駆け寄った。

「ケヴィン!!ケヴィン!!ケヴィン!!!」

 瞳に涙を溜めてケヴィンに呼びかける。ケヴィンの息は絶え絶えで今にも途切れそうだ。

「いや!!死なないで!!ケヴィン!!!」

「ミノリさん、よかった。僕のために、泣いてくれるんですね」

「ケヴィン!!ごめんなさい!私……!」

 実典は涙を流しその胸に顔をうずめた。ケヴィン特有の獣くささと血の匂いがした。懐かしい感覚だった。

「ごめんなさい……」

 泣きながらケヴィンの胸にもたれかかる実典をエドワードは立ち尽くして見つめることしかできなかった。

「ミノリさん、最後に……ワガママ言っていいですか?

「何?何でも言って。何でもするわ。私」

 実典は涙で濡らした顔を上げ宣言した。

「最後に、キスしてください」

「ううっ、わかったわ」

 実典は涙を拭うとケヴィンに顔を近づけた。

「違う…そうじゃないんです、大人のキスがいい、恋人のキスをしてください」

 実典は一瞬だけ目を見開き体を震わせ狼狽する。エドワードが何かを言いかけようとしたが、止めた。

「したことないんです、最後のお願いです……」

 迷っている暇はない。ケヴィンが死に際に望んでいるのだ。実典は頷くと、少しだけ間を起きケヴィンに顔を近づけた。

「口、少しだけ開けて……」

 実典りの囁くような低い声。その言葉は脳髄を震わせるほど官能的だった。ケヴィンは言われたとおり、口を半開きにする。

 実典はケヴィンの唇に自身の唇を重ねた。舌をケヴィンの口の中に滑り込ませ、舌を絡める。唾液が口の中に混じり、体液が交換される。実典の舌の動きに合わせて、ケヴィンの舌が実典の中に入り込みうねった。実典の口内で飢えたように動く。泥のように艶かしく、野生的だった。恋人同士で行われる貪るような感覚に頭がクラクラしてくる。実典は思わず顔を離した。

「もっとだ、もっと欲しい」

 ケヴィンはさらに懇願した。目を輝かせて実典の唇を欲している。実典は息を吸ってからそれに答えた。再び唇が触れ合い貪るように互いの体液を交わし、舌を絡めあう。生ぬるい唾液の感触が気持ち悪かった。生暖かい舌の味が気持ち悪かった。しかし実典は耐え忍び、ケヴィンはひたすら喜んで実典の唇を貪った。エドワードは黙ってその姿を見つめていたが、見ていられなくなって目を逸らした。実典の息が続かなくなってきたころやっとキスが終わる。

「……っ」

 実典は思わず袖で唇を拭う。

「もっと、もっと」

 飢えたようにケヴィンは言う。実典は苦しみの混じった顔でもう一度キスを交わした。と、同時にケヴィンの手が実典の後頭部を抑えて固定した。

「んぐ……」

 実典は小さくうめき声を上げた。顔が強くケヴィンの顔に押し付けられて身動きが取れない。まるで搾り取られていたようだ。口の中がカラカラになるまで体液が吸い取られていく。呼吸も、唾液も、生気もすべてが奪い取られていく気がした。余りにも強引なキスに呼吸が続かなくなって、実典はケヴィンの腕に抵抗し無理やり唇を引き剥がした。

「ご、ごめん。もう……無理」

 ケヴィンは空ろな目で実典を見る。

「ケヴィン、もう充分だろ」

 静観していたエドワードがはじめて口を開いた。ケヴィンは瞬きをひとつするとゆっくりと起き上がった。

「……っ、はぁ」

 息を一つ付いて、痛みに耐える。

「もう、大丈夫なの……?」

 実典は驚いたようにケヴィンを見た。ケヴィンの傷がほとんど治っていた。

「うん」

 ケヴィンは答えた。実典は涙を流すとその胸に飛び込んだ。

「ごめんね」

 最も簡易的に行われる魔術の一種、性魔術。体液の交換によって他者の魔力を共有する行為。ケヴィンは実典の魔力を奪って自身の傷を回復させたのだった。純度の高い人間の魔力は美しく、体に馴染んだ。女の持つ魔力は甘美な味わいだった。だから必要以上に食らってしまった。

「もう大丈夫だよ、ミノリ」

「本当に?」

 実典は半信半疑といった様子だった。心配そうにケヴィンを見上げる。

「うん、帰ろう」

 ケヴィンは立ち上がり、微笑むと歩き始めた。エドワードもそれに続いた。実典は続かなかった。その場に立ち尽くしている。

「どうしたの?ミノリ?」

 ケヴィンが振り返ると実典が地面を見つめたまま跪いていた。一筋の涙が流れ落ち、その破片に降りる。

「壊れちゃった」

 実典はつぶやく。

「ケヴィンが買ってくれたものになのに」

 粉々になったブローチ。元の美しい姿を失い無残な姿を晒している。

「ケヴィンが、何日も働いて、がんばって、私のために、買ってくれたものなのに」

 途切れ途切れに実典は言う。そして手のひらで破片をかき集め胸に抱いた。悲鳴のような実典の嗚咽が漏れる。

 エドワードは何も言うことができずその姿を見つめていた。ケヴィンは優しく微笑むと実典の体を後ろから抱いた。

「また買ってあげるよ。大丈夫」

「そうじゃない、そうじゃないの、だってあんなにがんばってくれたのに」

 実典は嗚咽を漏らし、悲しげに泣いた。ケヴィンは実典の体をケヴィンに向け、実典の顎に手を当てて上を向かせた。そのまま軽い口付けを交わす。実典の口内に舌を絡ませると顔を離した。

「じゃあ、またキスして。それでブローチと交換、ね?」

「……うん」

実典は涙で顔を濡らしながら頷いた。ケヴィンは目を細め、実典に顔を近づけた。実典は一瞬だけ体を震わせてキスを受け入れた。今度はケヴィンの唾液が口の中に流され、喉の奥を通る。生々しい感触と嫌悪感にさいなまれたがひたすら耐えて唾液の味を感じ、舌でケヴィンの欲求の答えた。

エドワードは顔を背け、踵を返す。そしてしばし考える。現場に残っていた悪魔の残滓。それは彼が良く知っていたものだった。エドワードはただ苦い顔で、来るべき嵐への対策を考えていた。