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社会に疲れた人をトラッパーがなでなでして癒す小説 一話

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その日、儀式が行われていた。一対一の戦いだった。サバイバーはただ一人生き残り他は全滅。故にその人物は巨漢と向き合いにらみ合っていた。背水の陣。目の前で死神が笑っている。死神は右手に持った剣を手にサバイバーをじっくりと眺めていた。

 

笑顔で固定された無機質な仮面、憂いを帯びた佇まい。霧の世界で殺人を行うその怪物はどこか不気味で悲壮感があった。何度も対峙した人物。それはサバイバーにとっても殺人鬼にとっても同じだ。

 

永遠に繰り返される儀式。ここで彼女を殺したとしてくるのはまた儀式の夜だ。

生と死が交差する異様な世界で、二人は共に生きることを選んだ。

 

 

森の奥深くに鎮座する煉瓦造りの建築物。二階建てで高く聳え立つそれは殺人鬼が住まう場所だった。天井は大きくくり貫かれ煉瓦は剥がれ落ち、床のフローリングはボロボロになっていた。それでも暇を見つけてはトラッパーとサバイバーが補修を行っている。それも二人で生活するという新しい意義を見つけたからだろう。

「トラッパー、床の補修をしておいたよ」

トラッパーの私室に訪れたサバイバーは開口一番そう言った。部屋で静かに書物を読み耽っていたトラッパーは視線を巡らせることもせずただ一言「そうか」とだけ言った。

 

仮面をつけた巨大な男トラッパー。仮面が作る笑顔とは逆にこの男は無感情で寡黙だった。最低限の会話と仕事以外ほとんどサバイバーと会話することはなかった。サバイバーはこの家に着てからこの男が笑った姿を一度たりとも見たことがない。たまに仮面を脱いで休憩しているところを見ることもあるがその顔はいつも仏頂面だ。

無言で書物とにらみ合っているトラッパーを一瞥するとサバイバーはその部屋を後にした。

 

サバイバーは一階へ降りると居間で静かに佇んだ。体を伸ばして一瞬の至福を得る。

トラッパーとにらみ合ったあの日、サバイバーは殺人鬼と協力することを選んだ。希望のないこの世界で永遠に続く狩り、それに耐えているのはサバイバーだけではない。殺人鬼の役割を課せられたトラッパーにとっても途方もなく辛い作業だった。

トラッパーは援助を必要としていた。そして理想的な援助が目の前にあった。あの頑固な朴念仁の希望を満たす部下は探せば簡単に見つかるようなものではないだろう。陰湿で頑固で短気な男のために尽くしてもいいと思える聖人のような人間でなければあの男に尽くし続けるのは難しい。で、なければ出世欲が無くどんな冷たい言葉も気にしないような忍耐強い者か。いずれにしても性格が強いものは彼の隣には立てない。

 

ともかくサバイバーは生きてトラッパーを手伝うことを条件に生かされている。そしてそれははや一か月が経とうとしていた。

「おい、お前。あれはどこにしまった?」

そんなことを考えているとトラッパーがどかどか足音を立てながら二階から降り開口一番そう言った。

「武器なら磨いて地下室においてあるよ」

「わかった」

トラッパーはぶっきらぼうにそう言うと地下室へ向かった。トラッパーはもはや目的語を使わなくなっていた。いつも「あれ」や「それ」と言った言葉で命令をしてくる。それで通じてしまうほど彼らの信頼関係は深まっているように見えるが実際はトラッパーが他人に対して自分の考えを理解するように強要しているだけだ。トラッパーは他者に命令しながら自分の思考を読み取って自分のために行動することを一番に望んでいる。

「なかなかよく磨いてあるじゃないか」

トラッパーは地下室から戻ってくると剣を見つめてそう言った。サバイバーはにやりと笑った。どうやら彼のご機嫌取りは成功したらしい

「これで私のことは生かしておいてくれる?」

「なんでお前を殺さなきゃいけないんだ」

トラッパーは至極真面目に返答した。余りにもストレートな好意にサバイバーの心が一瞬揺らいだ。視線は狼狽し思わず顔を赤らめてトラッパーから目を背ける。

「馬鹿なことばかり言っていないで俺が戻ってくるまで部屋の掃除でもしておけ」

そう吐き捨てると武器と罠を手に取り家から出て行った。サバイバーの心の動きなど興味もなさそうだった。

頑固で仏頂面で朴念仁。だが彼は同時にクールで頭脳明晰であり努力家だった。完璧な大人の男だ。

 

*

 

サバイバーとトラッパーは男女二人でこの家に暮らしている。普通ならば何も起こらないわけがないはずだが生憎トラッパーはストイックな性格だ。トラッパーがサバイバーと男女の関係を求めることはない。無機質なコンクリートの部屋はビジネスライクな乾燥した空気で満たされていた。

そのことに関してサバイバーは疑問を抱いたことはない。特別何かを変えようとは思っていなかった。とにかくここに自分があり生きているという事実。それが重要だ。トラッパーの下で働くというのは楽ということではなかったが要領さえ掴めば悪いことはおきなかった。

そんなことを考えているとガチャガチャという扉を開ける音が静寂を打ち破った。

「帰ったぞ」

トラッパーの帰宅。きわめて無機質で感情のない音声。

「おかえりトラッパー」

サバイバーはタオルを手に持つとトラッパーの返り血を拭った。仮面についた血を優しく撫でにこりと笑う。

まるで甲斐甲斐しい妻のようだ。少しだけそんなことを意識しながらトラッパーに微笑みかけてみた。ほんのいたずら心だった。恐らく彼は何も感じはしないだろう。ましてや勘違いなどするわけがない。ただいつもとは違う手法で彼に接してみたくなっただけだ。

「あ、ああ。すまない」

トラッパーはサバイバーから顔を背けてそう言った。微妙な空気が流れていた。

「体についた血も拭ってくれるか?」

低い声でトラッパーは言う。彼がそんなことを口にするのは初めてだった。

「わかった」

サバイバーはタオルでトラッパーの肩から胸にかけてゆっくりと丁寧に拭った。

「傷、痛くない?」

サバイバーは優しい口調で穏やかに問う。

「痛いぞ」

トラッパーはただ一言そう言った。仮面の隙間から見える彼の目は自分をじっと見つめている。その目には自分の姿だけしか映っていない。ねっとりとした視線が自分を絡み取るのが感じられた。

「お前に治療してもらう日がきそうだな」

「まかせて」

「冗談だ。このままでいい」

サバイバーはトラッパーの硬くたくましい筋肉についた血をタオルで撫でた。よく鍛えられている。そこには男らしさが秘められていた。そしてその男が俯き加減で自分を見つめている。いつもとは違う絡みつくような男の目で。何故だか心臓の鼓動が早まった気がした。

「次から……」

「え?」

「次もこうしてくれないか?」

囁くような小さい声でトラッパーがそういった。

「わ、わかっ」

「なんでもない。忘れてくれ」

サバイバーが何かを言いかけたところでそれを打ち切った。

「シャワーを浴びてくる……」

トラッパーは低い声でそういうとサバイバーを優しく離してシャワー室に向かった。

 

サバイバーの予想とは少し違っていた。

そう言う期待を抱かせることを意図したわけではない。彼女の予想は心底嫌悪した表情で文句をいうか、人を馬鹿にしたように嘲笑うかの二つだった。だがトラッパーの言葉には微妙な感情の変化が含まれていた気がした。

恐らく気のせいだろう。あの朴念仁が自分をそういう目で見ることなどありえない。