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奴隷の黄昏 第三話

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女は眼を開けた。それが5年前の出来事になる。

上半身を起こして頭を抱える。腰まで伸びたシルバーブロンドの長い髪が揺れる。シルバーブロンドといっても生まれ持った美しい銀髪というより、苦労と苦悩で疲れ果て老いて真っ白くなった老人の髪のようだった。栄養不足で体が細く華奢になり、血行不良のため顔が青白かった。灰色の瞳は白内障を連想させた。
細身で色白の顔立ちの整った清楚な美少女・・・というより不健康で病弱な死に掛けの少女という表現のほうがしっくりときていた。

女の名はラピスラズリ。生まれ持った名ではない。ギルドに入ってからつけられた新しい名だ。名付け親は自分を拾った男だ。名付けに慣れてなかったのか名前を言い渡されるのに一週間かかった。この世に存在する青く美しい宝石の名前からつけられたらしい。皮肉なものだ。どう見ても今の自分は石ころという名がぴったりである。

あれから5年間、つらく苦しい訓練を耐え抜いた。
サバイバル訓練や武器の扱い。肩が壊れるかと思うような巨大な大剣を支えた時は体中がしびれて動けなくなり、ヘビィボウガンの反動と銃声を食らった時は半日頭痛が止まなかった。双剣の鬼人化訓練では理性がふっとび体が動かなくなるまで剣を振り続け、翌日には瞼を開けることも視線を巡らせることもできなかった。そんな症状を発症するたびに薬を飲まされた。

それは細胞を活性化させ、肉体の損傷を急速に修復しより強固なものへと変化させる薬だ。外見をほとんど変えず、華奢で細身な肉体のまま自分の身長ほどもある長剣を走りながら振り回せるようになる。まるで夢のような薬だが服用した者の寿命は短くなる。それゆえにハンターはみな短命だった。ラピスラズリも自分が30歳まで生きることはできないだろうと見切りをつけていた。

辛いのは訓練だけではない、彼女にとって最も辛いのが人間関係そのものに他ならない。訓練生のほとんどが親に売られた子や引き離されたこども、戦争で行き場をを失ったこどもで構成される。要は愛情をほとんど受けたことがないこどもばかりだ。そんな彼らが新しい居場所で明るく仲良く前向きに生活できるわけがなく、そんな彼らのストレスは一人の人間を村八分にすることで発散された。
弱そうで協調性に欠く人間が村八分に選ばれた。運が悪いことにラピスラズリがとばっちりを受ける破目になった。

車内の揺れが一層激しくなり急停止する。ポポが甲高いなき声を上げ地面を蹴りあげた。土が踏みつけられる音と馬車の車輪が小石と土を削る音が耳に入る。
馬車の内部は暗く音でしか状況を判別できない。だが想像はつく。おそらく新たな派遣先であるポッケ村に着いたのだろう。ドンドルマからポッケ村までの五日間、とても長かった。することもないので夢想して過ごすことにした。
しかし思い出は苦く苛立たしいものばかりでストレスがたまる一方だった。
だからこそ彼女は新しい境地へと思いをはせる。

ラピスラズリは若くして雪山の小さな村へと派遣されることになった。危険な場所だ。雪崩が多く危険なモンスターが蔓延る。自然と化け物が殺気を持ってハンターに襲いかかる。そんな彼女はランポスや草食獣くらいしか殺したことがない素人だ。それも教官のお古というサービス付きで。

危険な割にはドンドルマとの交流が薄いせいで給料と割にあう仕事が無くアイテムの補給が極めて少ない。積雪が多くて物資が速達できないのだ。どう考えても地雷だった。金のことを考えれば危険な仕事をするしかない。命を大切にしたければ低価格の採取を繰り返すしかない。だがこの地域特有の名産は驚くほど少なかった。だから採取を選べば生活にばかり金がかかってしまう。
それに加えて彼女には多額の借金がかかる。ひとつは5年間の訓練料。それからこれから借りる家と農場、食費と世話係用のアイルーそれらのレンタル料がかさむ。その借金を完全に返さない限り彼女はギルドから抜けられない。

目隠しが外され馬車から降りる。目隠しをされていたのはハンターが逃げ出さないためだ。任務以外で村からでることはハンターに許されていない。闇の世界に光が宿る。一瞬目が霞んだ。光が痛いほどにまぶしい。

澄んだ空気があたりに満ちていた。冷たく水分を豊富に含んだ汚れない空気。空は雲ひとつない青空。青の奥にはかすみがかった白い山々が連なっている。
地面に積もった雪が太陽の光を反射させ輝いていた。騒々しい都会とは違い無音の世界だ。あまりにも対照的な環境の違いに耳鳴りが止まなかった。

完璧な辺境だ。ギルドの点在地の中でもかなり立派な田舎だ。目に見える美しい景色は自然の残酷さを見事に隠していた。移動時間は丸5日。ラピスラズリはそのまま歩いて村の入り口の看板を見上げた。

ポッケ村

お世辞にもそれは村とは言えなかった。一階建ての家が数点と小屋半分の内部が屋台のようにむき出しになった武具屋と雑貨屋。村に備え付けられたリフトに乗って行けばすぐに農場に行ける。村というよりも集落に近かった。

村に入ってすぐ近くの一軒家に向かう。ほかの家と比べれば割と大きめだ。ここがラピスラズリの住む家となる。ぼんやりと家を見つめていると村の奥から一人の男性がラピスラズリに向かってきた。標準男性の伸長なのだろうが白く分厚い毛皮の服を着込んでおり、一回り大きく見える。男性がラピスラズリを見つけると笑顔を作り大仰な動作で挨拶をし握手を求めた。だがラピスラズリはその一瞬の表情を見逃さない。彼女は分かっていた。笑顔で迎える男性の表情が一瞬、忌々しげに歪んだのを……。

それは常人には全く気付かないものだった。ラピスラズリだから気づいた、解ってしまった。なぜならそれは、訓練生時代常に彼女に向けられていた表情だからだ。そして彼女が何時も作っていた表情でもあった。ラピスラズリは男に同族嫌悪を感じる。

分かっている。
自分が来たのが気に食わないのだろう。見るからに素人で女で華奢でよわよわしい。そんなハンターが来て喜ぶわけがないのだ。

ラピスラズリは男が去ると新しい家に入り荷物を下ろしベットに身を預けた。
仰向きになって天井を見つめる。両親が死んでから人生が一変した。だがそうでなければ幸せだったとも限らない。ラピスラズリが生まれた故郷は、男尊女卑が極めて激しい村だった。いや貧しい村だからこそ男尊女卑が激しかったのか、それとも男尊女卑が激しいから貧しかったのか。自分にはよくわからない。
だがあの頃の自分はいつも殴られる母を見てそれが普通だと思っていた。そして自分もそうしながら生きていくものだと思っていた。村では女は家畜以下の扱いしか受けていなかった。農作業や家事はすべて女の仕事、男はというと朝から酒を飲み外で遊び呆け女が稼いだ金をすべて都会の風俗店で使い果たした。
旦那に反抗したり男の機嫌が悪いとすぐに殴られる。母はいつも痣だらけの状態で働いていた。美しかった白い肌はたちまち泥と埃と痣で黒くなり、風呂に入ることも許されず。折れた腕はいびつな方向に曲がったまま固まっていた。ひどい家では女の死体が木につるされ干からびたまま放置されていた。男に歯向かうとこうなるのだという見せしめ以外、他ならなかった。

女が足りなくなると都会に赴き甘言を使って惑わしたり、誘拐などを使って補充する。夜になると泣き叫ぶ女の声が村に響いていたのを思い出す。その声がいつも恐ろしくて布団の中にもぐりこんだ。

冷静に考えれば、ナルガクルガ討伐のために寄せ集めた資金も子供や女を売って集めた金だった。気づくといつも遊んでくれた隣の家の”おねえさん”がいなくなっていた。

両親を亡くしたのち村の恩恵でしばらく育てられていたのも、花町へ連れて行くため他ならない。堕ちるところまで堕ちていた。救いようがなかった。田舎の寒村なんてそんなものだ。古いしきたりにとらわれているからいつまでも貧しいまま。子供や村の未来なんかよりもしきたりのほうが大事。だからいつまでも貧しいまま。正直村を滅ぼしてくれた火竜には感謝している。あのまま村にいたら自分は熟れて腐り落ち、腐った汁に蛆のたかる実のようになっていただろう。

ごとり

突然隣の部屋から鈍い音がした。上半身を起こして奥へと続く扉を見る。自分以外の誰かがこの家にいる……。ベットから身を起こすと床に足を下ろす。そのまま立ち上がり本棚と隣接した扉のノブに手をかける。真鍮でできた金属質の冷たいノブに力をかけゆっくりと回転させる。カチリというひどく小さいはずの音がやけに大きく聞こえた。静寂に包まれていた部屋に木霊する。