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第三話根暗な男

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女が仕事を辞めてから一ヶ月がたった。高圧的な社長の支配から逃れ、女は新天地に立った。かつてほど給料は高くない。規模の小さいシステム会社の事務員だった。だが同僚たちは優しく穏やかで伸びやかに働ける環境だった。女はそんな職場で働けることを幸福に思った。

「やあお疲れ。今日も元気がいいね」

「お疲れ様です。社長」

年老いた穏やかな面持ちの男性が女の元に現れる。この会社を経営している社長で誰に対しても優しい。女はこの男性を尊敬している。理想の上司の姿が彼だった。厳しい就職状況の中、彼女を雇ってくれた社長には頭が上がらない。

「悪いんだけど修理に出していた社用車を取りに行ってくれるかい」

「はい、わかりました」

「これ修理工場のメモだから。よろしくね」

「はい」

女は元気よく答えるとジャケットを羽織り事務所を出た。目指すはオートヘブン工場だ。これが彼女に人生を変えることになるとは思わなかった。

 

 

交通路の多い交差点を通りバスで移動する。景色は変わり薄暗い通りに差し掛かった。周囲は人気がなく工場の機械音だけが虚しく唸っている。

「オートヘブン工場か」

薄汚れた灰色の簡素な工場だ。重機や廃車が無造作に置かれ修理工場というよりも廃車工場のようだった。古びたオイルの匂いが充満している。女は門から工場に入ると案内板に従って受付まで向かった。

「あの、すみません」

「あ?何だね?」

事務所には大柄な男がいた。端正な顔立ちだったがヤクザのような迫力がある。名札にはアザロブ、とあった。

「◯◯社から来た者です。修理にだしていた車を引き取りに来ました」

女は臆せず言った。

「ああ、連絡は聞いてるぞ。だがまだ修理は終わってなくてね。悪いが待っててくれるか?」

「はい…」

「おい!フィリップ!!フィリップ!!」

室内に男の怒号がこだまする。アザロブが呼びつけて暫くするとパタパタと足音を立てながら長身の男性が走って来た。

「は、はい」

「何やってんだ!ウスノロ!呼んだらすぐに来いって言ってんだろうが!!」

「す、すみません」

「すみませんすみませんってお前はそれしか言えないのか!」

「……すみません」

「おいフィリップ、お前はこのお客様の相手をしてろ!」

「え、え…僕が」

フィリップはおろおろと狼狽している。

「ああ?文句あんのか!?」

「い、いや、僕……女性と話したことなくて……」

その瞬間アザロブの怒りは爆発した。事務所内に雷が落ちる。

「ふざけたことを抜かすな!!いいからやれ!!」

「は、はい」

フィリップは狼狽しつつ何度も頷いた。

「すみませんね。あとはこのフィリップがお客様の話し相手になりますので。私は出先に行かなければならないものでして。どうぞごゆっくりおくつろぎください」

アザロブはにこやかに笑うと事務所を立ち去った。残された女とフィリップの目が合う。フィリップはすぐに目をそらしてしまった。

 

フィリップと女は向かい合ってテーブルに座っている。フィリップは地味で根暗な男だった。ボサボサの銀髪、暗い眼差し、視線は常に足元を見つめただでさえ長い前髪が彼の陰気さを増幅させた。その上身長が高く悪い意味で存在感がある。さらに無口だ。会話がない。空気だけが白けていく。

「君は車の修理を任されてるの」

「えぇ、まあ」

「そうなんだ、実は自分も前、車関係の仕事をしていてさ」

「そうなんですか」

「うん、そこの上司が嫌な奴で毎日怒られてて、この前辞めちゃったよ」

女は自嘲気味に笑う。

「毎日、毎日理不尽な理由で怒鳴って来てさ。後輩の目の前で怒鳴り散らされたりして。やんなっちゃうよね。だから辞めてやるってびしっと言ったんだ」

女はフィリップを見る。初めてフィリップが優しい微笑みを浮かべていた。

「なんだ、笑えるじゃん」

「え、あ」

「そうしているとかっこいいよ」

「あ!ありがとうございます!!」

フィリップはもごもごと呟く。

「あなたも、僕と同じだったんですね」

「ん?」

「僕も……毎日怒られるんです……理不尽だなって思う時もあります……」

「気があうね。自分ら」

二人はくすくすと笑いあう。

「付き合っちゃおうか?」

冗談めかして女は言った。

「!!?」

フィリップの顔が真っ赤に染まる。

「冗談だよ。気にしないでくれ」

「もう、からかわないでください」

フィリップは拗ねたように言った。女は思わず吹き出してしまった。

「僕も、車のことなら自信あります……」

フィリップは目線を動かしながらもじもじと話す。

「おい、フィリップ!お客様の修理とっくに終わってるぞ!早く引き渡せ」

事務所の奥から男性の声が響いた。

「あ!はい!こ、こちらです」

フィリップは立ち上がり、よろよろと事務所を出る。女はフィリップの後ろを黙ってついて行った。目的の物はすぐに現れた。

「じゃ、じゃあ」

フィリップは伏し目がちに言った。女は車に乗り込む。鍵を刺してエンジンをかける。

「ま、待って!」

「ん?」

空いたウインドウからフィリップが女を引き止める。

「今度、一緒に食事に行きませんか!?」

フィリップの決死の誘いだった。

「うん、いいよ。今週の日曜でいい?」

女は快く了承した。

「はい!」

「じゃあ駅前で17時に待ち合わせね」

「はい!」

フィリップは笑う。嬉しそうだった。女が去った後も、玄関でずっと見送っていた。