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第七話悪魔の誘惑

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朝のオフィス。その日女が事務処理をしていると社長が女のデスクに訪れた。

「やあ、ちょっといいかな?」

「はい?」

女は社長に向き直る。

「明日の夜とか空いてるかな」

「明日ですか?」

女は首をかしげる。

「ああ、友人の社長に息子がいるんだけど、その息子とピアノコンサートに行ってもらえないかな。一緒に行く相手が行けなくなっちゃったみたいでね。代わりに君が付いて行ってあげてもらえないかな」

「社長のご友人なんですか?」

「そうなんだよ。せっかくのチケットだし無駄になるのもアレだから。悪い男じゃないから安心していいよ」

社長の付き合い。面倒だがまあいいか、と納得した。恩のある人物だ。少しは顔を売っておくというのもいいだろう。

「いいですよ。ちょっと付き合うだけですよね」

「悪いね。駅前で18時に待ち合わせしてくれ。ガタイのいい男だからすぐわかるよ。君の容姿を伝えておくから向こうから話しかけてくれるよ」

「はい、分かりました」

 女は快い了解をする。社長はにこやかに笑い社長室へと戻って行った。

 

 *

 

狭い室内にベッドの軋む音が響く。

「……っ!」

女は吐息を漏らし息つく。フィリップは女の上で果てた。女に覆いかぶさったまま息を乱す。

そして呼吸を整えてから女の上から退いた。女の隣に寝転がり穏やかな時を堪能する。その様子を女はじっと見ていた。

「気持ちよかった?」

「う、うん」

女は嘘をついた。

「そうだ、明日もうちに来ない?迎えに行くよ」

横たわったままフィリップは言った。

「明日は仕事で付き合いがあるから無理だね」

「そっか、飲み会?」

「いや、取引先の会社の関係者の接待だよ。社長に花をもたせてやらないとね」

「そうなんだ」

フィリップは納得したようだった。

「それって男?」

フィリップの声が冷たくなった。納得していない。

「取引先の人だから男の人だけどただの接待だよ。もしかして嫉妬してるの?」

「浮気したら怒るから」

「するわけないだろ。変なこと言うなよ」

女はフィリップの頭を撫でた。フィリップは女の手に頭をもたれて目を閉じた。まるで犬か猫のようだった。

 

 

時刻は夕刻。女は駅前の待ち合わせ場所で人を待っていた。コンサートなど面倒だったが深く考える必要はない。二時間ほど付き合って帰ればいい。それだけなのだ。そしたらまたフィリップを思いっきり可愛がってやろう。少し早めに帰ったらフィリップの家に行って驚かせてやるのだ。きっと目を輝かせて喜びだろう。女はくすりと笑う。

「随分と嬉しそうだな。いいことでもあったのかな?」

背後から声をかけられる。振り向くとそこには、

「エヴァン・マクミラン……」

かつて体を重ねた男がいた。女を弄びおもちゃのように扱った忌まわしい男だ。

「なんの用だ。もうお前とは無関係なんだ。ほっといてくれ」

「無関係じゃないぞ。今日お前が接待する社長の息子。俺がそれだ」

「なんだと……」

「まあいい。とりあえずコンサートに行こう話はそれからだ」

「コンサートは……」

「まさか行かないとでも言う気か?今日の接待はお前の仕事だろう?」

「……」

「俺の隣を歩け。同行人としてな」

エヴァンは女を引き寄せた。女は渋々エヴァンの隣を歩いた。

 

コンサートに訪れてから気が気がでなかった。ピアノの音は金属音のように不快に聞こえた。隣にエヴァンがいると言う事実は女にとって重圧でしかなかった。自分を弄びおもちゃのように扱った男。それは女の自尊心をひどく傷つけた。女の好意を弄んだ最悪な敵だ。数ヶ月経った今でも忘れたことはない。

ふと、女の手に熱い感触が降りた。なにかにさすられている。見るとエヴァンの手が重ねられていた。吃驚して手を払う。だがエヴァンの大きな手が女の手を強く拘束した。そのままエヴァンの親指が手をさする。

なんのつもりだ、と言いかけて飲み込む。エヴァンはこちらに目線を送ると静かにしろとでも言うように人差し指で合図をした。コンサートホールで強いられるマナー。女は苦虫を潰すような気持ちでエヴァンの手の抱擁に耐え続けた。

 

「なんのつもりだよ」

コンサートが終わると女は開口一番言った。手はエヴァンに掴まれたままだった。そのまま路上へと出る。仕事帰り飲みに回る通行人で溢れていた。

「そう言うな。これから食事にでも行くか?それとも俺の家で飲むか?」

「ふざけるな。帰る」

「そう遠慮するな」

 「恋人がいるんだよ。アンタとは付き合えない」

女はきっぱりと言った。

「手を離してくれ」

エヴァンは呆れたようにため息をついた。そして表情が変わる。その落差に女の背筋が凍った。

「少し真剣な話をしようか」

エヴァンは言う。

「俺の車に乗れ。安心しろ変な真似はしない」

「……」

エヴァンと女は駐車場に赴いた。車は地下の駐車場に止められていた。エヴァンが鍵を開け二人で車に乗り込む。

「何だよ」

「お前は俺と寝ただろう。何もなかったように振る舞う気か?」

「そのことはもう終わったんだ」

「なかったことにはできん。俺と寝た以上お前には責任を取ってもらうぞ。正式に俺の女になれ。俺はお前とは結婚することも考えていたんだ」

その瞬間、女が抱えていた怒りが爆発した。

「ふざけるな!!お前は弄んだだけだ。私をおもちゃみたいに扱っただけだろう」

「そんなことはない。お前とは真剣だった。俺はお前を愛している」

断言するエヴァン。あまりにも毅然とした態度に女は一瞬だけ揺らいだ。

「嘘だ。お前はあの時止めなかったじゃないか!女なんて星の数ほどいる。別の女を探せばいいだろう!アンタなら全てが思いのままだ!!」

「止めなかったのはお前が戻ってくると思ったからだ。だがお前は逃げ出した。何もせずに俺から逃げた。だからこうして強引なやり方をとったんだ」

エヴァンはぎろりと女を見た。

「私は戻らない。言っただろ。恋人がいるんだ」

「ならばそいつの事はあきらめろ」

「本気で言ってるのか?」

「本気だ。俺が全て処理してやる。そいつにはもっといい女を紹介してやるよ。俺に委ねろ。全てうまく片付けてやる。誰も不幸にはしない」

「……」

女はしばし沈黙するとやがて口を開いた。

「……無理だ」

そう呟くと言葉を続けた。

「好きなんだ。彼のことが」

「……そうか、わかった」

分かってくれた。女の顔が明るくなる。これでこの男から解放される。だが次に出た言葉はぞっとするような一言だった。

「お前の気持ちを考慮するのはここまでだ。ここからはしっかり聞け。大事な話だ」

女の額に汗が浮かぶ。嫌な予感がする。

「お前の会社の経営は火の車だ。いずれ倒産し多くの借金と離職者を出すだろう」

「は?何を言って」

「お前の会社の社長は以前から無茶な投資をしていた。赤字経営で多額の負債を抱えている。奴の救いは俺の案件だ。俺の会社ではシステム開発の受注先を探している。どこも同じようなものだが重視するとすれば信頼性だ。俺との取引が決まれば倒産は免れるだろう」

「ちょ、ちょっとまて……」

「意味はわかるな?お前が頷けばお前の社長は救われる」

「私を……脅すのか?」

「脅してなどいない。正当な取引だ。俺の婚約者がその会社にいるとなれば優先度は絶対的なものになるからな」

「…………」

思わず黙り込む。何も言えなかった。断れば会社は倒産する。社長は借金を背負う。同僚は仕事を失う。その不幸の大きさは女が一番よく知っていた。

「フィリップ……のことはどうなる……」

「俺が代わりの女を紹介してやる。全てを忘れさせるようないい女だ」

思わず泣きそうになった。フィリップが自分と別れ別の女と結ばれる。自分よりもずっといい女。だが幸せにはなれる。例え相手が自分でなくても、彼が幸せであればそれも構わないと思った。

意を決し、女は答える。

「お願いします。エヴァンさん……」

「決まりだな」

エヴァンは表情を変えず言う。

「俺の部屋でいいな」

女は頷いた。